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【長編小説】#12「私の生まれ変わりは、君がいい。」

《待ち合わせ③》

「世界を…彩った…?」

 私は、疑問に思っていた言葉の答えを聞いても、意味がわからなかった。
 一体、どういうことなのだろうか。
 私の頭の上にいくつものクエスチョンマークが浮かんでみえたのか、彼はクスッと笑って、

「君が、彼女の生活を豊かにしたってことだよ。」

 と言った。

 ようやく理解が追いつく。言葉の意味はわかった。だけど、

「え、でも、どうしてそうなるんですか…?」

 彼女の生活を豊かにした?私が?
 いやいやいや、そんなたいそうなこと、私はしていない。

「彼女、ほら…、目がさ、視えないじゃない?僕も詳しくは知らないんだけど、人間関係とか色々あったみたいで…。僕が初めて彼女に会ったときは、なんていうか、今とは別人だったんだよね。人生を諦めちゃってるっていうか。…そんな顔をしてたんだ。今じゃ考えられないけどね。」

 そのときの彼女の表情を思い出したのか、彼は寂しそうに俯いた。

「本当に、笑った顔とか見たことなかったんだよ。つい最近まではね。」

「最近…?」

「そう。君の花屋に通い始めてからだよ。僕が彼女の笑った顔を見たのは。」

 そう言って微笑む彼の姿は、まるで長年の夢を叶えたときのような大きな感動と幸福を、心の底からしみじみと感じているようだった。もう叶わないんじゃないかと諦めかけていた夢を、ようやく手にして、どうしようもない喜びが胸に押し寄せているようだった。
 当時の彼は、この先、彼女の笑顔を見れる日はもう来ないのだと、感じていたのかもしれない。心の中では、笑った顔を見たいと強く思っているにもかかわらず…。

「彼女が笑う未来をいつも思い描いていた。きっとその日はやって来るって、本気で思ってたんだ。信じてたし、願ってた。だけど、ずっと来なかったんだ。もうダメなのかなって思い始めてしまった。でも…、ある日、店に来た彼女が、僕に花を見せてくれたんだ。そして言ったんだよ。」

 ーこんなにも世界は温かかったんだね。

「彼女は笑ったんだ。…あの日のこと、一生忘れることはないと思う。」

 彼は、その日の情景を映し出しているかのように、遠くを見つめた。

「間違いなく、君は彼女の世界を変えたんだよ。」

 本当に私が…?
 あまりにも壮大な話に、困惑してしまい言葉が出ない。自分の人生の中で、誰かの世界を変える日が来るなんて、思ってもみなかった。

「君が、彼女に特別何かしたわけじゃなくても、彼女にとって、意味があることがきっとあったんだと思う。」

「意味…。」

「そう。自分では気づかない程度の小さなことが、案外誰かにとってはすごく大きな意味のあることだったりするものだよ。」

 そう言って彼は優しく微笑み、

「じゃなきゃ花屋での出来事を、毎回あんなに嬉しそうに報告しないよ。」

 と続けた。

 胸が熱くなった。
 花屋での私との出来事を話してくれていたのか。特別でもなんでもない、ただの日常の中の一部にすぎないと思っていたひとコマが、一瞬でこんなにも輝いてみえる。ただのバイト先の出来事だったはずなのに、こんなにも愛しく思える。自分との出来事を嬉しそうに誰かに語ってくれていたと知って、嬉しくないわけがない。
 喜びが身体の底から込み上げてきて、照れを隠すように、

「ただ接客をしてただけなんだけどな…。」

 と呟いた。

「接客をしてただけ、ねぇ…。」

 意味深に私の言葉を繰り返した彼に、ふと思い出した疑問を尋ねてみた。

「そういえば、お兄さん、どうしてそんなに彼女と親しいんですか…?」

「あぁ、それはね…。」

 言いかけて、彼がにっこりと笑う。

「本人に直接聞いてみるといいよ。」

 カランカラン。
 お店の入り口のベルが鳴った。

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