【長編小説】#8「私の生まれ変わりは、君がいい。」
《新村優葵①》
「わあ。いい香り。」
目の前に広げられたハゴロモジャスミンの香りを、手であおいで嗅いでいる。私の前にも、甘い香りが強く漂う。
「この花は、『香りの王様』と呼ばれるほど香りが強いです。お嫌いではないですか?」
ハゴロモジャスミンは、甘くて良い香りだが、普通のジャスミンよりも香りが強い。今は満開時期で、その香りは強すぎると感じる人も多い。正直、好き嫌いが分かれる花だと思う。
そんな私の心配を振り払うように、
「まさか!大好きです。」
満面の笑みで彼女は答えた。
その、屈託のない、きらきらとした笑顔を見て、私はどうしようもなく嬉しくなった。自分の好きな花を大好きと言ってもらえて。良いように考えすぎだと言われるかもしれないけど、自分の名前を好きだと言ってもらえているようで。私は、どうしようもなく嬉しかったのだ。
いつの間にか、先ほどの嫌な感情なんか、どこかへ行ってしまっていた。
「ハゴロモジャスミン、買います。」
彼女が嬉しそうに言った。
「でしたら、ガーベラとともに、私からプレゼントさせてください。」
「え…。」
思いがけない言葉に、彼女は驚きを隠せないようだった。
「いえいえ!そういうわけにはいかないですよ。ちゃんとお支払いします。」
彼女が慌ててスクールバッグの中からお財布を取り出す。私はガーベラとハゴロモジャスミンを持ち帰りやすいようにラッピングしながら、いいですいいです、と言った。
「これは私からの気持ちです。いつもありがとうございます。」
丁寧に感謝の気持ちを込めて、お辞儀した。
私は、今日、彼女に救われたんだ。どん底にいた私を、格好悪く大泣きした私を、彼女は気にかけ、優しくしてくれた。笑顔にまでしてくれた。お互いに事情は知らない。ただの、店員とお客さんの関係。それでも、彼女が今日、私にくれた優しさは紛れもない事実で、笑顔にしてくれたことも事実で…。うまく言えないけど、私に希望を見せてくれたような気がした。本当に感謝の気持ちでいっぱいだった。何かしてあげたいと、本気で思った。
「こちらこそ、いつもありがとうございます。」
彼女が微笑む。そして、お財布をバッグにしまった。
「わかりました。では、ありがたくいただきます。」
参りました、という風に彼女が笑い、ラッピングされた花たちを受け取る。
「でも、お礼はさせてください。」
すかさず彼女が言った。
「え?お礼…?」
「当たり前です。私だけもらいっぱなしなんてダメですよ。」
…そうきたか。
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