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起きて歯を磨きながら今日読む日記を選ぶ。そういえば最近本を作ることがしたいんだよなあと思って先日買った笠井瑠美子「日日是製本」を選ぶ。
本を作るとはということに最近興味があるのだけれど、どう作るのかとかは全く想像できず、そういう本はないのかなと思い、先日「本を贈る」を注文した。それ以外にはないのかと、歯を磨きながら本棚を見ていると「本のエンドロール」があり、過去の自分に感謝をした。これも読むかと片手で持つとずっしりとしたので持ち歩くのはやめる。「日日是製本」だけを鞄に入れて歯磨きを終える。
朝の準備を終えて、家の自分から外の自分に変わるドアを開けると昨日の風はいつのまにかなくなっていて夕方みたいな朝の太陽で、岡村隆史のオールナイトニッポンを聴きながら駅まで歩く。
駅のホームで読みたいと思っていた本を買う。本屋に行けない。ブックオフに行けない。そのストレスをスマホの画面の決済画面にぶつけるが、解消にはならない。
すぐに注文確認のメールが来る。

この度は、数あるサイトの中より当サイトをお選びいただき、誠にありがとうございます。
スタッフ一同、大変うれしく思っております。

と冒頭のあいさつ文にあり、あなたのサイトが良い!という選択したわけではなく本が送料無料だったから選んだだけなので、ちょっとだけ無意味な罪悪感。
いやでも、本当にわたしが本をそのサイトで買ったことでスタッフ一同が喜ぶのか。
「伊藤さんが買ってくれたぞー!やったーヒューイヒューイ」とパーティークラッカーでも鳴らしているのだろうか。大変うれしいはそうそうないと思う。
仕事は半日出勤で帰ろうとしたが、帰る直前に鞄の中にいれておいた印鑑がなくなっていたことに気付いてしまった。まだ大丈夫。たぶん家にあるだろう。文房具とかいれている箱に入っているはずだと思って帰る。
電車の中で笠井瑠美子「日日是製本」を読み終わる。詩のように淡々と言葉が移っていく日記だった。生活の中の思考を覗いているようだった。製本業にとても興味を持つ。それは会ったこともない笠井瑠美子さんの文章が素敵だったからだろう。率直で、見ている風景を僕も見たい、体験したいと思った。
製本業か。
たぶん今の仕事と近いのだろう。やってみたい気持ちがあって転職サイトを見る。誰かの口コミに自分にはできないのかもしれないと思ってしまう。こういうところをやめたい保守的で誰かとも仲良くなれない。深く話すこともできない。下世話な話と相手の話に逃げる。
自分さがしをずっと続けているみたいだ。もうおじさんなのに。自分は見つかっているのに中身が見つかっていない。そして印鑑もみつかっていない。
まだ家にあると思っている。自分も印鑑も。

夕方に帰宅して手を洗ってすぐに探す。不安。あると思われる文房具を入れている箱を探す。不安、でもまだ探していないところはある。大丈夫。言い聞かせる。
何かを言いながら探せば見つかるんだっけ。にんにくだっけ、呪文に頼るしかないかもしれない。暑くもないのに汗がでる。
探している。ずっと探しているアピールをするため過剰なひとりごとで「ないなー」なんて言う。その声にゆかりさんが近づいてきて「なんか探してるの?」と聞いてきたので、あくまでもまだ見つかってないのだけれど、たぶんあるはずで、どうしようかなとか思ってないよを装い「印鑑がないんだよね」と言う。ゆかりさんも探すのを手伝ってくれる。もしかしたらゆかりさんが持っているのかもしれないと思ってしまった。もうただの責任転嫁だ。ゆかりさんの文房具が入っている箱を見ると、後ろでゆかりさんが「なんだなんだ」と抗議をしていた。印鑑の入れ物があり、あった!!!と一瞬喜ぶがゆかりさんの印鑑だった。
本当にどこに行ったのだろう。もう探すところもない、と絶望し『印鑑 なくした』で検索しようとしたとき、クローゼットにある請求書とか入れている袋の中に印鑑があった。よかったーー!と振り向いてゆかりさんを見る。ゆかりさんはもう探すのに飽きていて、安心している僕の表情と一瞬見て、すぐにニュースを見ていた。よかったー!!と大きな声を出したかったが、我慢して冷静を装い、ゆかりさんとニュースを見る。
画面の上に「今日の感染者89人」とずっと表示されていて、すごい世の中になってしまったなと思った。
日々が変わってしまった。
夜。少しで読み終わる「日日是製本」を読む。これはどう仕事と向き合うかという日記なのだなと思った。僕は日記に仕事のことを書かないことをルールにしていて、新鮮な気持ちになった。どんな気持ちで仕事をしているのか、とかどんなふうに見えているのかとか製本業という製造業で働く人の目線を見て、憧れたのだった。これから製本を勉強するには、もう遅いだろうか。
そんなことを考える。何をするにも遅いなんてないよ!と他人には簡単に言えるが、自分だとまだ今の生活を変えることが考えられない。自信がないから自身がいない。

『わたしは自分でこの仕事を選び、楽しみながらも、
本当に紙の本はいいものなのか、胸を張ってそう言えるのか、
どこかで自信がないのだとわかってしまった。』
笠井瑠美子「日日是製本」より

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