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[シナリオ]世界中が愛する彼女

人物

  1. 橋本順平(29)カスタマーセンター職員

  2. 如月典子(21)コンビニアルバイト

  3. 山名由香(21)アイドル

  4. 柏木夏子(22)カスタマーセンター職員

  5. 野木栞(22)カスタマーセンター職員

  6. 司会者の男

  7. CS男性職員

  8. トレンチコートの男

お題:帽子

場面1:コンビニ・レジ前(夜)

そこに山名由香(21)が現れ、商品を並べる。由香は帽子を目深に被り、サングラスとマスクをしている。

典子「981円になります」
由香「あれ、典子?典子じゃない?」

由香がマスクとサングラスを取る。

由香「すごい偶然!久しぶり!」
典子「え、ゆ・・か?なんで・・・?」

由香、少し前かがみで小声になり、

由香「丁度よかった。少しお願いがあるの」
典子「今バイト中なんだけど・・・何?」
由香「雑誌コーナーにいるトレンチコートの男、見える?」

由香は顔を典子に向けたまま、目線だけ動かす。典子が視線の先の男を確認する。

由香「私が今アイドルしてるの、しってるよね。あれマスコミなんだけどしつこいの」

由香、典子の前でパンと手を合わせ、

由香「この後どうしても行かなきゃいけないところがあって。お願い!変装変わってアイツ巻いてくれない?」
典子「えぇ!?なんで私がそんなこと」
由香「お願い!絶対埋め合わせするから。そうだ。芸能人御用達の会員制のレストランがあるの。今度それおごる!」
典子「でも、あんたが私に代っちゃったら、店番どうするのよ」
由香「私、昔コンビニでバイトしてた。周りの人にもよく説明しておく!お願い!」

典子、ため息を一つついて、

典子「まぁ、どうせあと30分で上がりだし、それまではちゃんとやってよね」
由香「典子!ありがとうー!」
典子「じゃあ、トイレで服交換するわよ。先行ってて」

場面2:コンビニ・トイレ(夜)

典子と由香が服装を入れ替えている。

典子「ねぇ、今更だけど、本当に騙せる?私茶髪だし、背格好も違うし」
由香「あぁ、大丈夫よ。アイツ、そんなところまで見えてないから」

典子は首を傾げ、手にした帽子に目を落とす。帽子にはキャラクターの顔がプリントされ、猫耳がついている。

典子「それに、何この帽子。目立ちすぎじゃない?本当に変装する気あったの?」
由香「あはは・・・それ私のライブのグッズなの。家にそれしかなくて・・・」
典子「はぁ、あんた昔から抜けてたもんね」

典子は着替えを済ませ、トイレから店内を覗き込む。

典子「じゃあ私行くから。約束守ってよね」

場面3:コンビニ・店内 俯瞰(夜)

監視カメラの映像。

トイレから帽子とマスクをした典子が現れ、店から出ていく。トレンチコートの男が少し間を空けて続く。
少しして、トイレから由香が出てくる。由香、監視カメラに向かって、笑顔でゆっくりと手を振る。

場面4:繁華街・街路(夜)

典子とトレンチコートの男が、少し間隔を空けて歩いている。次第に早く大きくなる典子の歩幅。それに合わせてトレンチコートの男の足も動く。

典子の目の前で、横断信号が点滅する。駆けこむ典子。トレンチコートの男も駆け足になるが、間に合わない。

横断信号で足止めを食らったトレンチコートの男が、向かいの道路を走る典子を目で追っている。典子が急いでカフェに駆けこむ様子が見える。

場面5:カフェ・女性用トイレ(夜)

典子、駆け込むなり扉の鍵を閉める。続いて個室に入り、これにも内側から鍵をかけると、鍵に足をかけ、個室の縁によじ登る。縁を伝って高い位置にある窓に手が伸びるところまで行き、なんとか開ける。そのまま身を投げて外に出ると、室外機の上に着地する。典子は窓を少しだけ開けてトイレを覗き込む。

ドン、ドンと扉を強く叩く音がする。ドアノブが乱雑に回され音が鳴る。

程なくして、サムターン錠がゆっくりと横から縦に動き、扉が開かれる。トレンチコートの男が立っている。典子は慌てて顔を引っ込める。息を潜めていると、中からドン、という靴で扉を蹴る音がする。典子が恐る恐る覗き込むと、トレンチコートの男が身を乗り出し、トイレの個室を上から覗き込んでいるのが見える。

典子「ひっ・・・!」

典子は叫びそうになる口元を慌てて両手で抑える。そのまま息を潜めて、ゆっくりとその場を立ち去る。

場面6:典子の自宅(夜)

扉が大きな音をして開き、典子が入ってくる。乱雑な足取りで進みながら帽子やマスクを取り、床に叩きつける。

典子「何がマスコミよ!変質者じゃない!」

典子は窓辺に移動し、外を確認する。人影はなく、カーテンを閉める。机にあったペットボトルの水を飲み干す典子。その手は震えている。
典子がテレビをつける。そこには由香が映っている。

テレビの中の由香「えー、でも私高校の時は全然友達できなくて、大変でした」
司会者の男「そうなん?意外やな~」
テレビの中の由香「女の子同士のいざこざ?結構怖いですよー」

典子、舌打ちして、

典子「何よ呑気に。このブス」

その途端、ピンポーンと呼び鈴が鳴る。典子、驚いて玄関に目をやる。
呼び鈴は数度鳴り、ドアノブがガチャガチャと回される。典子、ゆっくりと玄関に近づき、ドアスコープを覗く。そこにはトレンチコートの男が立っており、典子は小さく悲鳴を上げる。

典子「け、警察・・・!」

急いでリビングに戻り、震える手でスマホを操作する典子。パスコードが打てず、スマホがセキュリティロック状態になる。パニック状態で何とかしようとするが、少ししてドン、という音が窓の外で鳴る。顔をゆっくりあげる典子。そこにはトレンチコートの男がおり、手には包丁が握られている。

典子の悲鳴。

場面7:典子の自宅(夜)

血まみれのトレンチコートを着た橋本順平(29)。足元は血だまりになっており、その中心に包丁で心臓を一突きされた女性が横たわっている。

女は、山本由香の顔をしている。

テレビからバラエティの笑い声がする。画面の中の由香も笑っている。

橋本、テレビを抱きしめ、画面の中の由香にキスをする。

場面8:カスタマーセンター・オフィス

CS男性職員「おい、おい」

橋本の主観映像。視界がぼんやりとぼやけている。橋本は目を擦る。

CS男性職員「休憩」

橋本、立ち上がり鞄から菓子パン、水、薬を取り出す。薬にはクロルプロマジンとラベルされている(注:統合失調症患者に処方される薬)。

橋本が退出する間際、くすくすという笑い声が聞こえる。橋本は振り返るが、声の主はなく、みな黙々とデスクで作業している。

場面9:カスタマーセンター・休憩所

柏木夏子(22)と野木栞(22)が机で向かい合って談笑している。

夏子「あー、午後の仕事だるいなー」
栞「ね、休み時間あと10分だし」

夏子、壁掛け時計に目をやる。時計の下の席に橋本が座っている。

夏子「うわほんとだ、帰りたい」

顔を見合わせて笑う二人。

夏子「あ、そういえばこの前由香ちゃんのライブ行ったんだ。これ見て」

夏子、鞄から耳の付いた帽子を取りだして被る。

栞「えー、可愛いじゃん。撮ったげるよ」

栞、スマホで夏子を撮影する。

場面10:カスタマーセンター・休憩所

橋本の主観映像。菓子パンを食べている。イヤホンの線がスマホから延びており、山本由香の曲がかかっている。

視界に夏子と栞が映る。こちらを見て、笑っている。

くすくすという笑い声がし、次第にそのボリュームが上がっていく。由香の曲を打ち消し、橋本の頭にエコーする。橋本、スマホを操作し由香の曲の音量を上げる。

橋本「はぁ、はぁ・・・」

橋本は机から薬をひったくり、水で押し込む。目を閉じて、もう一度開く。

夏子がいた場所に、帽子を被った由香が座っている。

橋本「なんでそんなこと言うんだよ、由香・・・」

(注:橋本が見ている映像は現実とは異なる。あの夜に殺されているのは如月典子であるし、最後に帽子を被ったのは夏子である。また、橋本に実際に悪口を言った者はいない)

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