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如是我聞、私の祖母

私の父方の祖母はとても偉い人であった。

私が覚えているのは小柄で痩せていて、いつも地味な着物を着て座布団に座っている姿。
着物、、、だったんだと思う。絹ものじゃなくて、たぶん木綿とか?地味な縞の着物と割烹着だ。
溝のすぐ脇にある二間の小さな家に住んでいて、いつもきちんとしていた。タンスと仏壇ぐらいしかない質素な家で、テレビはあったかどうか覚えてない。最後の方はあったかな?
濡縁があって、小さな庭があって、家族が車を停めるのに使っていた。
トイレはあったけどお風呂はなかったんで、近所の銭湯に行ってたと思う。

近くに住んでいた私は、起きたらすぐにおばあちゃんの家に遊びに行って、お水を飲んで、お小遣いをもらってまた遊びに出ていた。
起きてすぐに出掛けるのは、母がいつまでも寝ていて家にいてもつまらないからだ。
父はどうしていたのだろう?
朝から両親がそろって家庭にいるという姿が全く思い出せない。

水を飲んでいたのは走ってくるからだ。
ドアを開けて、おばあちゃんの家に行くために走る。
子供は計画的にてくてくと歩いたりしないよね。
目的地があるとすぐに走る。私だけ?
それで二回ぐらい車に轢かれそうになったっけ。

真鍮の蛇口から水を注ごうとすると、おばあちゃんが「湯冷まし」を出してくれることもあった。時にはカレーライスを奨めてくれたりした。
うちの母はカレーが嫌いなので一度も家で出たことがないが、おばあちゃんは作るし、自分も食べていた。
普通は自分が嫌いでも子供が好きな料理なら作るもんだが、うちの母はアレなのでそうはならないのだ。
お婆ちゃんはタバコも吸うし、カレーも作る。お小遣いもくれる。
ちょっと先進的な人で、自分のスタイルがあったと思う。
母のようにゴロゴロ寝ていないし、ヒステリーも起こさない。
顔をしかめてガタガタうるさいことも言わない。嫌う要素がなかった。
今から思えば、一緒にいる時間が短いからイヤな面を見る余地がなかったのかもしれない。

このお婆ちゃんは私が10歳ぐらいの時に亡くなったのだが、亡くなった後でマーベラスな逸話を知ることになる。

祖母はなんと、

とある密教を信心しており、若い頃に修行をして神通力を持っていたのである。

失せもの捜しはもちろん、人の本性を見抜いたり、亡くなった人の声を聞くこともできた。
開業していたわけではないのだが、噂を聞きつけた人々の依頼が絶えなかったというのだ。

ある日、その宗派の大集会があるというので家族が連れて行った。
1人1人名前を呼ばれて席に着く時、お婆ちゃんがものすごく前のほうの「関係者席」みたいなところに座るのを見て、みんな「スゴい人だったんだな」と仰天したんだって。

私の知らない祖母の姿。
私より一回り年長の従兄は語る。

「モノが亡くなった時にお婆ちゃんに聞きに行くと必ず言い当ててくれた」

なにそれ。スゲーじゃん。
ぜんぜん知らなかった。早く教えてほしかった。
父はそんな話なにもしてくれなかったんだけど。
ちなみにこの従兄はかなりのサイコパスで、知能が高く冷淡で一見とても優しそうに見えるが実際は自分のことしか考えていないという嫌なやつだ。
立派な職業につき立派な経歴を持ち、美しい家に住み、家族を豊かに暮らさせて周囲からも尊敬されている。
前述の私の人物評はごく正直な感想ですが、ヒガミかもしれません。

そんな従兄の奥さんもこんな逸話を繰り出した。

お婆ちゃんの息子の一人に、身体が少し不自由で働けないおじさんがいる。
ある日、彼を弟子にしたいという人物、A氏が挨拶に来た。
お婆ちゃんが人となりを見たところ、一本気でまじめで立派な人だとわかったので喜んで任せることにした。
ところが、ほどなくおじさんがA氏の元から逃げ帰って来た。
身体のこともあってなかなか仕事が続かない人なので「またか」と落胆しながら話を聞くと、、、

A氏は殺人を受け負っている人物だったのである。
殺人の修行をさせられそうになり、おじさんは逃げて来たのだ。
おばあちゃんは「自分が悪かった。人物を見誤った」と反省しきりだったという。

私が思うに、おそらくA氏の根底はまじめで正義感の強い人だったのであろう。
必殺仕置き人的な、必要悪みたいな?
まだ戦後の混乱が続く時代だったろうからね。よくわからないけど。

確かな力のある人でも、人の本質は見えても、日常的な稼業みたいなものはわからなかったんだなーと興味深く思った。
私がもっと年長であれば色々と聞きたいことがたくさんあったのだが、何もわからないうちにお別れすることになった。

お婆ちゃんは私に何を見ていたのだろう。
それを聞きたかったなあ。
こんなクズになる前に。

ときどきこうして私はお婆ちゃんのことを思い出す。
私を見守ってくれているかなあ。
あなたの子孫の1人はこのていたらくです。浮かび上がれそうにもありません。
がっかりさせてごめんね。




つらい毎日の記録