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掌編小説「葬儀」

   その日、私はよく知らない人の葬儀に居た。  父曰く、それは私の父の弟の妻の母のお葬式らしかった。私とその人との関係性にはどうも名前がつかないみたいで、こうややこしい表現をするほかなく、それはもう他人というほうが正しいんじゃないかしらと思ってしまうが、私の家族と父の弟の家族は仲が良いので、特別に、私まで参列者として認めてもらえたようだった。  親族が集まる控えの部屋は、少々広めの座敷だった。大人たちはせわしく動き回り、お悔み申し上げ合い、参列者らをもてなしていた。私は

    • 掌編小説「夜行」

      「お姉さん、今から僕と夜行バスに乗りましょう。」  その夜、道端のベンチに一人座っていたら、知らない男性に声を掛けられた。突然のことにぎょっとしたが、断るべき理由もなかった。 「あなたが連れて行ってくれるの?」  その人は、青年のようにも老人のようにも見えた。あるいは、私の瞬きするたび変化しているのかもしれなかった。敬語を使うべきかを僅かに逡巡したが、お姉さんと呼びかけたその声は少し高く澄み切っていて、それは私よりも幼い人間の声だと直感的に確信し、思わずタメ口をきいてしまっ

      • 太宰の『斜陽』の直治が好き

        ネタバレ含みます   私は太宰治の著作「斜陽」の登場人物の、直治というひとがものすごく好きなので、勝手に思いの丈を綴る。(これは、考察でも書評でもなんでもないです)  直治は貴族なのだけれど、本の1ページ目から、貴族らしからぬ描かれ方をする。以下は、本作で初登場した直治のセリフ。    このセリフにおける直治の一人称が「おれ」なの、たまらない。「わたし」でも、「僕」でも「俺」でもなく、「おれ」。このひらがなの「おれ」に含まれた、少々投げやりで、厭世的で、自信なさげで不

        • 軟骨にピアスを開けた日

           その日は、快晴だった。私は死にたかった。      その日の精神状態のこと、ヘッセの言葉を借りて、「精神の分裂」の傾向あり、とでもすれば、いくらか格好もつくかしら。  けれども実態は、そんな格式高いものではなくて、自分への失望、将来への不安、生活への怒り、やるせなさ、ままならなさ、情けなさ、立ち行かなさが一緒くたになって、ごった返して、雑然としたものだった。私はそういうものに狂わされて、ただもう生きておれぬと思った。今も度々そういう日はあれど、その日は、特に激しく「そうい

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