見出し画像

軟骨にピアスを開けた日

 その日は、快晴だった。私は死にたかった。
 
 
 その日の精神状態のこと、ヘッセの言葉を借りて、「精神の分裂」の傾向あり、とでもすれば、いくらか格好もつくかしら。

 けれども実態は、そんな格式高いものではなくて、自分への失望、将来への不安、生活への怒り、やるせなさ、ままならなさ、情けなさ、立ち行かなさが一緒くたになって、ごった返して、雑然としたものだった。私はそういうものに狂わされて、ただもう生きておれぬと思った。今も度々そういう日はあれど、その日は、特に激しく「そういう日」だった。

 それから、わたしの恵まれた環境や事象のひとつひとつに対して、自分のもつ誠意のすべてを込めて謝りたかった。私の我儘を両親祖父母に聞き入れてもらったこと。仕送りをもらっていること。応援されていること。心配されていること。ずっとなにもかもが中途半端なのに、無条件に愛されていること。こういう有り難い優しさのすべてが、わたしというかなしい人間の弱さ、未熟さをさらに際立たせて、浮き彫りにする。なにかに感謝するたび、だれかからの愛情を享受するたび、生きているのがただひたすらに申し訳なく、自分という人間が嫌で嫌で、切に惨めで、その日はことさら胃の引きちぎられるような陰鬱にどっぷりと浸かって、苦しくて、仕方がなかった。

 この逃れようのない苦しさから逃れたくって、呼吸を止めるべく、私の部屋に捨て置かれたスマホの充電コードを引っ掴み、首にかけ、その両端をぐいと引っ張って、絞めた。しばらくすると、血と酸素の不足により、頭の奥の灯が消え、指先から力が抜け、心地よい浮遊感とともに両足の筋肉が緩んだ。私はその場にへたりと座り込んだ。
 スマホの充電コードがたゆんで、私は反射的に息を吸い込む。浅い呼吸を繰り返す。視界がちかちかする。心臓の拍動をけざやかに感じる。徐々に思考が判然としてくる。どきどきしながら、首に巻き付いたコードを取り払い、背中をそっと床につけて寝転び、天井を見上げた。そのまま放心していたら、今生きているということ、呼吸しているということへの安心感が込み上げてきた。呼吸に怨恨を向けた人間が、呼吸に安堵しているだなんて、変なの。あまりに情けなくて笑っちゃう。
 もうダメだと思った。これ以上抱えられないと思った。なにか自分に対して戒めを与えなければいけない。その戒めをわたしの償いとし、全体の罪のうちのちょっとだけでもいいから、許してほしい。私は許されて楽になりたい。楽になれるならなんでもいい。

 楽になるための手段。その手段として、唐突に、「ピアスを開けること」を思いついた。

 耳たぶに開けるくらいでは足りないと思った。足りなければ意味がなかった。ならば軟骨に開けよう。今日、必ず開けよう。
 もはや、開けなきゃ、とさえ思った。それは私に対する私からの強い命令だった。もしや、これこそが強迫観念なのかな。とかく確固たる意志に違いなかった。

 私は夢見心地で、操られるようにしてピアススタジオ探して予約の電話して、急いで着替えて化粧して、1時間ほど電車に揺られ、あれよあれよという間に「高円寺」というところに着いた。今思えば、まったく正気の沙汰でない。

 JR高円寺駅付近は、ガラの悪い兄ちゃん、カラオケ、居酒屋、怪しげな古着屋、タバコの煙たい臭い、名のしれぬ路上アーティストなんかがそこかしこに存在する、まさにアンダーグラウンド・シティと表現されるべき場所だった。私が予約したピアススタジオは、駅から徒歩5-6分ほどの路地裏の雑居ビルの2階にあった。薄緑の花柄ワンピースを着込んだわたし、この場におけるまごうことなき異質。

 不躾にも、なんだか殺されそうだなあとぼんやり思ってピアススタジオのドアを開ければ、そこにいらしたのは、耳の先端を切って尖らせ、腕にインプラントをいくつも埋め込み、両耳のインナーコンクに拡張ピアスをつけた、ものすごくいかつい男性だった。黒いマスクをしたいかつい男性は、しかし、ものすごく丁寧かつ柔らかな口調で、「座ってちょっとお待ちくださいね〜」と言い残し、奥の部屋へ消えた。私は面食らって、まごつきながら腰掛けた。

 そのピアススタジオは、主に2つの部屋によって成り立っているらしかった。一つは受付のある部屋、もう一つはいわゆる施術室。施術室は受付を通り過ぎた奥にあって、そこは簡易ベッドと全身鏡、あとは金属の移動式ラックに、ニードル(太い針)、消毒液、そういうものがきちんと整頓されて置かれていた。

 奥の部屋から戻ってきたいかつい男性は、ピアスを開けるのは初めてであること、左耳のトラガスに開けたいと思っていること、注射が苦手であることなどをてきぱき聞き出し、私にピアスホールのケアの仕方、料金体系、その他の注意点を説明した。

 その男性は私の耳珠をしっかり観察し、「これなら綺麗に開けられると思いますよ〜」と私を安心させ、「トラガスねえ。注射が苦手ならちょっとつらいかもしれませんねえ」と私を不安にさせ、ミネラルウォーターとブドウ糖タブレットを手渡し、全て飲み込んでしまうよう勧めた。

 私は全身に力が入らず、目眩のするような恐怖を感じながら、内実なぜか愉快な気持ちもあり、施術の準備が済むのをそわそわと待った。

 いよいよその時が来た。いかつい男性は、奥の部屋から私を呼び、マスクを外すよう言い、私を簡易ベッドに座らせてから耳珠にマジックペンで目印をつけた。私が目印の位置を鏡で確認し終わると、私をもう一度簡易ベッドに座らせ、「右向いてください。はい、では開けますねえ」と言い、アルコール消毒をし、ニードルを持った。(実際には角度的に全く見えなかったので、ニードルを持つような気配がした、というのが正しい)
  一切のことが想定よりもとんとん拍子に進んだので、ちょっと待ってください、と言いたくなったけれど、すんでのところで飲み込んだ。

 私は覚悟を決めた。次の瞬間、耳に鈍く鋭い痛みを感じた。ニードルは、傷口を極力ひろげないように、ゆっくりゆっくり軟骨を貫いた。この痛みをとくと味わえ、と言わんばかりだった。わたしは目を瞑ってじっとしていた。これは儀式だと思った。

 「痛いのはこれで終わりですからね〜」という声が聞こえ、我に返った。鏡で見てみるよう言われたので、全身鏡のところへ行き、右を向いて、左耳の耳珠を鏡にうつすと、たったいまつけられたばかりのピアスが、控えめだけれども誇り高そうに、蛍光灯を反射してきらめいていた。ピアスは可愛かったけれど、可愛いというよりも愛おしくて、私は一気にほっとして、泣きそうになった。いかつい男性は、「痛かったでしょう。ここがいけたらもうどこでも開けられます」とにこやかに笑った。

 ピアススタジオを出て、駅へ向かう足取りは軽かった。開けたてのピアスホールはじんじんとした痛みを訴え、わたしは疲れ切っていたけれど、そんなことはちっとも問題じゃなかった。なにせ、この儀式を乗り切ったのだもの。

 自分勝手にも、罪の幾ばくかを許されたような気分になった。束の間の晴れやかな幸福に包まれ、今ならわたしも高円寺に溶け込めるんじゃないかしら、と思った。


(おわり)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?