見出し画像

備忘録52 歌にして、想いを馳せる

心が燻んでいた時期にはよく歌を作っていたなと、ポツリと思った。

最近は心が穏やかだし、なによりうちのアパートは楽器がNGなので、歌なんてしばらく作っていない。
それはそれで良いことだ。
心が綺麗なんだ、今のあたしは。

そんな心が澄み切った時に歌を歌えない奴の曲なんか、誰の心にも響くわけないんだけどね。

よく当時の恋人のことを歌に書いていた。
後になって分かったことだが、彼がまさに他の女の空気を吸い込んでいたとき、わたしは無性に心を曇らせ、歌を書いていた。
自分の第六感、たまにあてになりすぎて怖い。

自分の歌のなかに、『最低』という歌がある。
当時わたしは、
「この恋愛が壊れてしまうのであれば、きっとわたしのせいなんだ。彼を許容できないわたしが悪いのだ。」
とずっと思っていた。

だから、「君からもらった愛の生活を僕は壊してしまった。」と歌った。そんな自分が最低だと思った。
そして、彼が存在しない世界は、並べて最低だと思ったのだ。
この「最低」という言葉は、決して彼に向けた言葉ではなかった。

愛の生活と称した当時の二人の日々は、たぶん罅なんてなくて美しいものだった。
彼のことを分かっている。私のことも、愛してくれている。そんなふうに錯覚していた。

それはなぜか。彼の奥底へ踏み込む事から逃げていたからだ。
彼のことを知ったふりをしていたからだ。

聞きたいことや知りたいことは山ほどある。
でも壊れてしまうのが怖くて、彼を失うことが当時のあたしには恐ろしすぎて、何も聞かず、理解したふりをした。

ずっと、彼と向き合うことから放棄していたのだった。そんなあたしだったから、彼もあたしと向き合うことを放棄していたのだと思う。
今考えたら、彼から逃げていたことの方ががよっぽど最低なのかもしれない。

彼のことを歌にするのは、歌にしたら心が晴れるとも思ったし、彼に私の奥底を知ってほしかったからだと思う。

届くか届かないか曖昧なところで、彼に自分の気持ちを伝えようとする私は、すごく卑怯で愚かだった。
情けないとも思った。

でも、本当は知ってほしかった。あたしが今何を感じて、何を思っているのか。
それを受け止めてほしかった。
知った上で、「何処にも行かないよ」と強く抱きしめてほしかった。ただそれだけだったのだ。

どうしてこんなに人間は不器用で下手くそなのか。
なんでこんなに拗れてしまったのだろうか。
何かをどうにかしたら、私はまだ彼と一緒に笑えていたのだろうか。

今彼への好意はもちろん無いにせよ、そんなことばかり考えてしまう。終わったことばかり考えている。

彼のことを歌にするのは一種の意思表示であり、私のことを受け止めて欲しいという汚い願望であったのかもしれない。自分は何も知ろうとしないくせに。

私はこんなふうだから、曲を作ることをやめてしまった。音楽を自分のエゴのために利用することが、許せなくなってしまった。

ただ、彼のことを忘れないように残すことができたから、歌を作って良かったとも思う。あたしはたまに口ずさんで、彼のことをふわふわと思い浮かべている。

確実に、自分のためだけに歌った、彼の歌。
誰のものでも無い、あたしと彼の日々の歌。

お腹が痛いときにそばに来てくれる彼はいなくなったし、隣でイビキをかく彼ももういない。
でも何となく、わたしは前に進んでいる。
だんだんと自分のことが好きになってきた。
そしてだんだんと彼のことが薄まっていって、いずれ彼との日々を鮮明に思い出せなくなる日が来るのだと思う。

私は知っていた
別れたあと、彼が私のことを「友達」と認識しているにも関わらず、私が寝ていると思っておでこにキスをしてきた事。
目を覚ました時、起きてたの?!と聞いてきたこと。

私のことを弄んでいた訳ではないのだと思う。
ただ、恋愛感情が無いにせよ、変わらずに私が愛しくてただ一緒にいたかったのだと思う。

これでいい、これでいいのよと私はまじないを唱えている。
だって呪縛だった。確実に。
だけれど、そんな苦しくてニガい日々を、私は愛の生活と呼んでいたし、今でもお守りのように愛している。

苦しかった、それと同時に、愛していた。

それが嘘だ・虚構だなんて思わない。紛れもなくあの二年弱は、愛の生活だったのだ。
そしてあれは恋ではなく、愛だったのだと思う。
私はこれからも、歌にした彼との美しい日々を胸に秘めて、生きていくのだと思う。

この記事が参加している募集

忘れられない恋物語

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?