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「9月の珈琲 Brazil:こっちを向いて」

体育館へと続く階段の下。
ひとりではない気配に気がついて、胸がギュッとなった。

Brazil:こっちを向いて
祭りの余韻はまだ続いていた
ひとりふたりと帰り始めた校舎の端に
クラスメイトを見つけた
そのひとりではない気配に
こころから願った
こっちを向いてと
甘さと酸っぱさがこころに満ちてくる

生徒がひとりふたりと帰途につく。

文化祭の余韻は、校舎のそこかしこに漂っていた。

軽音部の部員たちは、まだ、エレキギターを抱えていたし、渡り廊下では、下級生が気になる上級生をつかまえて、キャッキャと話しているのが聞こえた。

おかげで、段ボール箱を抱えながら、階段を登る足取りは少し軽かったように思う。

段ボール箱の中身は演劇の小道具。

クラスの出し物は演劇で、わたしは照明係だった。

今となっては、なんの演目だったのか、クラスメイトの誰が主役を演じたのか、なにも思い出せない。

それは、あの帰り際に見た光景のせいなのだと思う。

片付けを終え、渡り廊下を歩きながら、そういえば、友達はどこに行ったのだろうと思った。

さっきまでそばにいたはずなのに、気がつけば、友達の姿がなかったのだ。

教室にいた数名の生徒のなかに友達はいなかった。

もしかして、下駄箱で待っていてくれているのかもしれない。

そう思って、急ぎ足で階段を駆け降りた。

下駄箱は、体育館の下にあった。

そして、体育館から下駄箱へと続く階段のしたは、さっきよりもトーンを落とした外の明るさのせいで、わたしの周りよりもずっと暗かった。

友達の背中を見つけ、声をかけようとして、友達がひとりではないことに気がついた。

その張りつめた気配に、友達の向こうに誰かがいることがわかって、わたしは足を止めた。

ひょろりとした背格好の人物が後頭部に手のひらをあてた。

あぁ、あの子だ。

階段の踊り場には、これ以上、階段を降りることのできなくなったわたしがいた。

気まずさを感じつつも、友達と一緒に帰ることはもうないのだと思った。

置き去りにされたようで、少しさみしくなって、ねぇ、こっちを向いてと、心のなかでつぶやいた。

9月の珈琲の中では、一番浅く煎ったBrazil。

酸味が前面に押し出てくるかと思いきや、それは、こころに秘めていたかのように、奥から少しずつ満ちてくるような切なくなるような甘酸っぱさだった。

9月の珈琲「Brazil:こっちを向いて」は、文化祭のときに見た光景を思い出させる味だった。

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