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「2023年11月の珈琲 Ethiopia:おかえりの瓶詰」

11月のEthiopiaを飲んだときは、あの日の「おかえり」が詰まった瓶詰を開けた気がした。

Ethiopia:おかえりの瓶詰
めいいっぱいのチカラをこめて
瓶詰の蓋を反時計回りにまわした
小気味よい音につづいて漂う香りに
記憶の扉が開けはなたれる
えび色に染まる台所から
おかえりが聞こえた
瓶詰に閉じ込められたあまく濃い香り

「おかえり〜。」
そう聞こえた。

勢いよく開けた玄関の扉のように記憶の扉が開けはなたれたことを感じた。

秋になると、八百屋の店先に大きく立派な粒をつけたぶどうが並ぶ。

何を基準に選ぶのかはわたしにはわからないけれど、母はその中からいく房かを手に取り、会計をしていた。

ぶどうは、その皮を剥いて、そのまま食べることも多かったが、豊作の年は、それくらい同じ数だけがジュースやジャムに形を変えていった。

「ただいま!」

学校から帰ってきて、玄関の扉を勢いよく開けると、待ってましたかのように、廊下の奥にある台所からえび色のあまい香りが流れ出てきたことを感じた。

「おかえり〜。」と言った母は、それはそれは大きい鍋で、ぐつぐつと、ぶどうジャムを煮ていた。

ふつっふつっと、ぶどうジャムが鍋のなかで息をするたびに、そのあまい香りが濃さを一段と増していっていることは明らかだった。

布巾の上で煮沸消毒後に乾燥させていた瓶に、大きな鍋からお玉ですくわれたえび色のぶどうジャムがどろりと落ちていく。

蓋をきゅっとしめたその瓶詰には、あまくて濃い香りが閉じ込められていた。

11月の珈琲「Ethiopia:おかえりの瓶詰」の香りを嗅いだとき、その瓶詰を開けた感覚がした。

幾年もの時を経て、かたくしまった瓶詰の蓋をめいいっぱいのチカラをこめて、反時計回りにまわす。

すると、シュポンッと小気味よい音がして、あの日の「おかえり」のようなえび色の香りがたったのだ。

これは、あのぶどうジャムを煮ていた日の「おかえり」が詰まった瓶詰だ。

11月のEthiopiaは、そんな珈琲だった。

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