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短文小説:東雲 - しののめ -

私は最近、朝とても早く起きる。

本当は6時30分くらいに起きれば学校へは間に合うのだけど、日の出に合わせて5時前には目を覚ます。

電気をつけていない暗い部屋で、カーテンを開けて東の空を眺める。

じんわりと空が明るくなってきて、遠くの山の端が薄いオレンジ色に染まる。

けれどもまだ、太陽は見えない。

この毎日訪れる短い時間の事を、「東雲」と言うらしい。

「東雲」という言葉を教えてくれた隣の席の佐伯くんとは、今年初めて同じクラスになった。

勉強があまり得意ではない私とは違い、佐伯くんは勉強もできるし、とても物知りだ。

休み時間には本を読んだり、友達と笑いあったりしている。

私はいつも何気なく、彼を視線で追っている。


4月の終わりごろ、英語の授業で先生が何枚かの写真を見せてくれた。

写真と登山が趣味だというこの先生は、先生が言う所の「とっておきの写真」を題材に英語の授業を行う事がある。

「とっておきの写真」をクラスに配り、席が近い人同士で写真を見ながら英語で感想を伝え合うのだ。

賑やかな教室の端で、パラパラと写真をめくる。

 ー 窓から見える夕焼け空。

 ー ビルの隙間から見える青空。

 ー 今にも雨が降り出しそうな公園の曇り空。

 ー 遠くに山が見え、赤から黒に向かって広がる大きな大きなグラデーション。

「きれい」

思わず声に出してしまって、しまったと思う。

みんながそれぞれに話し合いをしていて少し騒がしい教室では、思わず出てしまった小さな私の声はクラスメイトの耳に届いていないようで少しほっとする。

「どの写真?」

佐伯くんが私の手元を覗き込み、少しだけ距離が近づく。

「あぁ、朝日の写真かな。

 ホント、綺麗。

 まだ太陽が上がっていないから、東雲かな。」

「しののめ?」

聞きなれない言葉が出てきたので、聞き返す。

「そう、東に雲でしののめ。

 朝、太陽が上がる前に、東の空が明るくなってくる頃の事。

 たぶんこの写真、そうじゃない?」

手元の写真に目を落とす。

夜の深い黒と、山の向こうに見える今にも爆発しそうな激しい赤。

そしてその間を埋めるように薄い青や黄色、オレンジがグラデーションになって並んでいる。

「東雲って言うんだ。

 さすが佐伯くん、物知りだね。」

いつもより近い距離に緊張していることを悟られないように、少しだけ茶化してしまう。

「さすがとかやめてよ。

 恥ずかしくなっちゃう。」

ふわっと笑う佐伯くんと目が合う。


東雲の窓の外を見ながら考える。

私の気持ちは今、あのグラデーションのどの辺りだろうか。

同じクラスになる前、存在も知らなかった頃は夜空の黒色。

隣の席になって、存在を知った時はほのかに薄い青色の辺りだろうか。

「東雲」の事を教えてもらって、初めて笑った佐伯くんと目が合った時にはもう、黄色やオレンジ色の辺りだったかもしれない。

もしかしたら、いつかあの山のギリギリの所、燃えるような赤になるかもしれない。


「よーし、顔でも洗いに行こうかな。」

すっかり夜が明けて明るくなった空へ、誰にも聞こえない独り言を言う。

気持ちを切り替えて、朝の支度をする。

今日は目が合うかな。

なんてことを考えながら。

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