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ACミラン15-16シーズンまとめ!監督ミハイロヴィッチに託されたミランの行末・・開幕から混沌を極める

Ciao❗ドドン小西です。花粉症がひどく辛い毎日ですが如何お過ごしでしょうか?2021/3/28現在、代表ウィークとカタールW杯予選が始まりました。各国のプライドがぶつかり合う非常に見応えのある代表戦はついついみてしまいますね。

さて、前回は14-15シーズンをご紹介しました。インザーギのもと10位という成績でカンピオナートを終えたミラン。名門復活は15-16シーズンににもちこされました。

シニシャ・ミハイロヴィッチ監督就任

選手としては左ウイングや左SBとしてツルヴェナ・ズヴェズダ、サンプドリア、ラツィオそして旧ユーゴスラビア代表として活躍。その左足から繰り出されるフリーキックは観る人すべてを魅了する素晴らしいものでした。

監督としてもミランを始め多くのチームを率いて高い評価を得た監督。2019年7月13日、急性白血病と診断されたことを公に発表し克服。現在もボローニャの監督を務めています。

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15-16シーズン移籍市場

夏の移籍市場ではアンドレア・ベルトラッチ(ローマ)、ルイス・アドリアーノ(シャフタール・ドネツク)、カルロス・バッカ(セビージャ)、ホセ・マウリ(パルマ)、ジュラージュ・クツカ(ジェノア)、アレッシオ・ロマニョーリ(ローマ)などの新戦力が加入。また、リヴァプールからローンでバロテッリが、ローンバックでニアンやノチェリーノが帰って来ます。
また、ロビーニョやパンツィーニ、ラミ、そして永くミランをささえたボネーラらが退団。エル・シャーラウィがローンでモナコへ。
更に冬の市場ではあのケビンプリンス・ボアテングが再加入。またナイジェル・デ・ヨングや夏に帰ってきたノチェリーノが退団。スソがローンでジェノアに修行に出されます。
さて、かくして始動したミハイロビッチ・ミランでしたが10-11シーズンでスクデットを獲得したフォーメーション4-3-1-2を採用するようベルルスコーニに迫られます。サンプドリア監督時に彼が高く評価されていたのは組織的な堅守速攻でしたが、会長の横やりにより無理矢理ポゼッションサッカーを展開しようとします。

15-16シーズンのスカッド変遷

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初戦のフィオレンティーナ戦を落とすと7節ナポリ戦では0-4の大敗。8節のトリノ戦もドローに終わり11位と完全にスタートダッシュに失敗。はやくも解任論が出始めます。そこでミハイロビッチは本来の自分のスタイルを貫く選択をします。4-3-3や4-4-2へシステム変更を行い、組織的な守備ブロックを敷いてタテに速いカウンター志向へと切り替えます。CL出場権獲得を熱望するフロントを黙らせる仕事にかかります❗️

そしてなんと言ってもミハイロビッチの一番の功績2015年10月25日。ホーム「サン・シーロ」サッスオーロ戦でジャンルイジ・ドンナルンマを先発に抜擢します。ドンナルンマはセリエAデビューを勝利で飾ると、そのまま正GKに定着します。プリマヴェーラからの昇格選手であり、『Grande Milan』と呼ばれる存在になって欲しい選手ですね🔥(あとはプリマヴェーラからロカテッリやカラブリアもデビューしています)

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悪戦苦闘しながらも9節から解任される32節までの戦績は24試合10勝9分5敗。2トップのバッカとニアンが前線からサイドへ誘導するプレスを果敢に行い、本田とボナベントゥーラは守備強度の高いプレーを見せボール奪取。そしてカウンターの場面ではニアンがキープ力を存分に発揮し押し上げの時間を作り、ボナベントゥーラ、本田やアバーテのクロスとカットインからのシュート、バッカのボックス内での得点力が見事にハマり成績は上向きに。しかし、ニアンが交通事故により長期離脱すると、チームは瓦解2016年4月12日ミハイロビッチは解任され、元ミランのクリスティアン・ブロッキが暫定監督に就任。結局ヨーロッパリーグ出場権の獲得には至らず7位でカンピオナートを終えます。コッパ・イタリア決勝でユヴェントスに勝っていれば・・・

なお、ニアンの交通事故(やんちゃぶり)については過去の記事で触れていますので是非観てください😁

15-16カンピオナート結果

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結局、ユヴェントスの5連覇で幕を閉じます。ユヴェントスは夏のテベス、ピルロ、ビダル退団の影響が大きく、開幕10試合3勝3分4敗で11位と完全に出遅れ。しかし、ディバラとマンジュキッチなど戦力と戦術が固まると11節からの25試合を24勝1分の無敗。35節には3試合を残してぶっちぎり優勝。つよい・・つよすぎる・・。せめてコッパ・イタリア決勝で勝ちたかった😢ちなみに得点王は36点をあげたゴンサロ・イグアイン(当時ナポリ)。セリエA最高得点を更新しました。19-20シーズンにはチーロ・インモービレが最多記録並びました。
ミハイロビッチ談話「他の人とは比較しないが、ミランでの私はそれほど悪くはなかったよ。コッパ・イタリアでは決勝進出し、セリエAでは6位だった。しかし、それでもシーズンを終えることができなかった。今季(15-16)、ミランはチャンピオンズリーグに出場するために、チームの9名の選手を変えた。そこに残っているのはアレッサンドロ・ロマニョーリと、ジャンルイージ・ドンナルンマだ。前者は私が買った。後者は私がデビューさせた。同じチャンスがあれば、何が起こったかはわからないよ。それはファンタジーだ。ミランでは、私は手元にあったチームが持つ最高のものを引き出したと思うよ」

そして、この頃にはベルルスコーニがミランを手放すことが決定的であるとの報道が・・・

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|カルロス・バッカ
1986.9.8生 COL  
181cm/77kg FW(15~18年)

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ベルギーのクラブ・ブルッヘで2シーズン41試合28得点をあげ、ラ・リーガのビジャ・レアルへ引き抜かれると、ラ・リーガでもコンスタントに得点をあげ、2015年7月2日にミランへ。ミランでは公式戦2シーズン34得点を上げる活躍を見せてくれました。ゴール前でスペースを見つけ出し、落ち着き払って決定的な仕事をこなす。また、スピード・テクニック・ドリブルスキルを持ち、トリッキーなゴールやヘディングでのゴールも多いストライカーでした。残念ながら監督フロントとの確執の噂もあり、2シーズンでビジャ・レアルへ去って行きます。30歳を超えた今もビジャ・レアルで得点を重ねています。がんばれ。

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|ルイス・アドリアーノ
1987.4.12生 BRA  
182cm/72kg FW(15~17年)

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ブラジルの名門インテルナシオナルでプロデビュー。優秀なブラジル人を多く獲得し育成するウクライナのシャフタール・ドネツクに引き抜かれます。07~15年の8年間をウクライナで過ごし、国内リーグだけで162試合77得点、CLなど含めた公式戦266試合128得点、14-15シーズンCLグループステージでは2試合連続のハットトリックを記録するなど素晴らしい実績を引っさげ、ミランへ。移籍金は600万€、年俸300万€とも言われていましたが、期待された活躍を見せることは出来ず2シーズンで36試合6得点・・。なお背番号は「9」😱その後、スパルタク・モスクワへ移籍し、現在は母国のパルメイラスに所属しています。

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|ユライ・クツカ
1987.2.26生 SVK  
186cm/84kg MF(15~17年)

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11~15年にかけてジェノアで活躍。テクニシャンタイプの選手が多い中で、フィジカルに優れ、守備力も高く、空中戦にも強い。強烈なミドルシュートも武器のひとつであり、中盤で確固たる存在感を放つ守備的なMFとしてミランに加入します。実際に彼の加入でミランの中盤は安定感を取り戻します。チームの大型補強のあおりを受けたかたちでミランを後にします。トルコのトラブゾンスポルを経て、パルマへ加入。再びセリエAへ戻ってきます。30代も半ばにさしかかっていますが、パルマでもスロバキア代表でも重要な戦力としてハードワークしています。個人的に好きなタイプの選手でしたのでこれからも頑張ってほしいですね。
2021年8月6日、ワトフォードFCにレンタル移籍

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|アンドレア・ベルトラッチ
1991.1.11生 ITA  
190cm/79kg MF(15~19年)

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ローマの下部組織からトップ昇格も出番は無く、レッチェを経てジェノアへ。14-15シーズンはキャリアハイのセリエA34試合6得点8アシストを記録し、ジェノアの躍進の原動力となります。そこでの活躍が認められ、ミランへ加入。中盤の全ポジションでプレー可能なユーティリティプレーヤーとして重宝されます。加入1年目は主力として活躍するものの、怪我の影響もあり、徐々に出番を失い、ローンでジェノアに戻り、更にサンプドリアへ完全移籍します。そして2020年12月23日、彼はトルコ1部のファティ・カラギュムリュクへ移籍。元ミランのファビオ・ボリーニルーカス・ビリアなどと一緒に主力として活躍中です。

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|ルカ・アントネッリ
1987.2.11生 ITA  
184cm/79kg DF(06~08年・14~18年)

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元ミランのプリマヴェーラ出身。06年11月8日のコッパ・イタリアのブレシア戦でトップチームデビューし、同年12月23日ウディネーゼ戦でセリエAデビューするも、その後はバーリ、パルマ、ジェノアを経て成長した姿でミランに戻ってきます。豊富な運動量とスピードを武器に左SBのスペシャリストであり、主力としてリーグ28試合出場3ゴールの活躍。イタリア代表にも選出されました。しかし、17-18年シーズンはスイス代表DFリカルド・ロドリゲスの加入もあって出場機会が激減し、エンポリへ移籍。契約満了に伴い、20-21シーズンはメジャーリーグ・サッカーのマイアミFCへ移籍することになりました。

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|アレッシオ・ロマニョーリ
1995.1.12生 ITA  
188cm/78kg DF(15年~)

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地元クラブであるASローマのプリマヴェーラで育ち、12-13シーズンからトップチームに合流。2012年12月11日のコッパ・イタリア、アタランタ戦に先発出場しトップデビュー。同年12月22日のACミラン戦では終了間際に途中出場し、セリエA初出場を果たします。セリエAで初の先発出場となった2013年3月3日ジェノア戦ではフランチェスコ・トッティのコーナーキックから、決勝点となるセリエA初得点をあげました。その後サンプドリアへレンタル移籍したこともあって、2015年8月ミハイロヴィチがミランの監督に就任する際に彼もミランへ。移籍金は2500万€。背番号はかつてアレッサンドロ・ネスタが着けていた「13」を背負います。左利きのセンターバックであり、足下の高い技術と的確なポジショニング、読み、カバーリングなど彼は同世代で最も有望な若きイタリアのディフェンダーの一人と見なされており、しばしばアレッサンドロ・ネスタと比較されました。2015年には1994年以降生まれの世界のトップ100の若手サッカー選手の一人に選ばれ、18-19シーズンからはカピターノを任されており、ミランだけでなくイタリア代表でのプレーも注目されます。20-21シーズンは精彩を欠くプレーが続いており、ポジションも絶対的なものでは無くなっていますが、乗り越えて一回りスケールの大きなセンターバックへと成長してくれることを願っています

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|ジャンルイジ・ドンナルンマ
1999.2.25生 ITA  
196cm/90kg GK(15年~21年)

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「ミランとイタリアサッカーの未来」とディエゴ・ロペスから惜しみない賛辞を送られ、代理人のミーノ・ライオラからは「GKにおけるマラドーナ」と言われるイタリアの至宝。15歳のときセリエAの試合で初のベンチ入りを果たし、15-16シーズンにミハイロビッチからミランの正GKに大抜擢。2015年10月には、セリエAのGKとしては史上最年少での先発デビューを果たします。生ける伝説ジャンルイジ・ブッフォンの代表引退後は、イタリア代表のゴールマウスも任されています。非常に恵まれた体格を持ち、抜群の反射神経と広い守備範囲、果敢な飛び出し、失敗を恐れない強靱なメンタルなどなどGKとして必要不可欠なモノは現時点で世界トップクラスです。課題と言われてきた足下の技術、パス、ロングフィードも年々レベルアップしており、最近はロマニョーリ不在時のカピターノとして最後尾からチームを鼓舞する姿を見ていると、あと数年で世界一のGKと評されること間違いなしでしょう。ただ、ミランの暗黒期にデビューしたとあってクラブとして欧州最高の舞台に立てていないことが悔やまれます。なんとしてもCLの舞台で活躍する彼の姿がみたい。もちろんミランのユニフォームを着て。他のビッククラブ・メガクラブからの注目度も高く、契約更新の問題がつきまとう(主に代理人ライオラ氏が原因と思われますが・・)ジッジョですが、本人は幼い頃からのミラニスタであり、ミラン愛を公言していますので、ミランの「ワンクラブマン」「グランデ・ミラン」となってくれることを信じています。ちなみに兄のアントニオもミランに所属しており第三GKとしてそして兄としてジッジョの良き理解者でありサポーター?として活躍中です。今季以降の契約更新は難しいかもしれませんが、個人的には残ってほしい(兄の100万€の年俸が高すぎる・・)

追記‥2021年7月PSGへフリー移籍。5年契約。さよならジッジョ

本日はここまで。次回は16-17シーズンを振り返ります。もう少しで現実に追いつきます。観ていただいている皆さん、これからも宜しくお願いします。そして一人でもいいのでこの記事を読んでミランを知り、ファンになってサッカー⚽にカルチョに興味を持ってくれる方が増えることを願っています。では。

Forza Milan🔴🔥

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