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わたしも優しさに守られていたなぁという話

小学校の時、確か5年生くらいかなと思いますが、ある日の夕方にクラスメイトの女の子がお母さんと一緒に家に来ました。

その家族と我が家は家族ぐるみで知り合いだったので、訪ねてきたことには驚かなかったのですが、なんとなくいつもと雰囲気が違っていました。

おばちゃんは、涙を浮かべながらわたしに謝りました。

「うちの○○がayaちゃんをいじめてたって先生に聞いて、ごめんね。おばちゃん全然気づかなくて嫌な思いさせちゃったね」

と。

母もびっくりです。

1番驚いたのは多分わたしでした。

泣きながら友達は「ごめんね」を繰り返します。

その頃わたしは確かにその子とは疎遠でした。お互い一緒にいるグループも違いましたし、下校の方向も違うし席も離れていました。そもそも接点はあまり無かったのです。

なんか最近冷たいなぁと思う事はありましたが、暴言を吐かれるでもなく嫌がらせをされるでも無かったので、それが悪意のあるものだとは思っていませんでした。


お友達の親子が帰宅すると母が今度は思い詰めたような顔で謝ります。

「気づいてあげられなくてごめんね」

わたしはいじめられていた自覚が全くなかった事を両親に話しました。が、両親の中ではわたしが気にさせないように強がっていると映ってしまったようです。

親は先生から連絡が来て話しをしたり、わたしも先生から呼び出され謝られたり、周りはとても大騒ぎでした。わたしが気付かなくてもいじめはいじめです。それはわかるんですが、その間ずっとわたしはなんとも言えない気持ちでした。


いじめられていた事にショックは受けましたが、とにかく大事になるほどの実感はありません。

翌日クラスメイトに聞いてみました。

「無視するように言われたけど、隣の席だし普通に無視できないし」と隣の席の男の子。

「なんか1ヶ月くらい前に無視するように言って来たけど、それやってたのあのグループだけだったよ」と女友達。

どうやらわたしだけが呑気に知らなかったのです。


ただその呑気の陰で、わたしも随分優しさに守られていたんだなと、しみじみ思うのです。

無視するように言われたけどほとんどの子がいつもと変わらず接してくれていました。

後でわかったんですが、それを聞いてからわざわざわたしと距離を縮めてくれた子もいました。

そして、誰かがエスカレートする前に先生に話してくれたんだと思うんです。

だからこそ早い段階で終息しました。それこそ本人が気付く前に。

もしかしたら誰かにとってはすでにこれはやりすぎレベルだったかも知れません。

そういう周りの優しさのおかげでわたしは呑気でいられたのです。


わたしが知らないだけで、きっとたくさんの優しさに助けられていたんだうなと思います。本人が気づかない程絶妙な巧さで、守ってもらっていたのかも知れません。

息子もそうしてもらったように、今度はわたしが誰かを優しさで守りたいなと強く思うこの頃です。

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