You are my 【NCT 127 7th ANNIVERSARY FANMEETING ‘ONCE UPON A 7ULY’】
海を越えて、大好きな人たちに会いに行った。
私はもともと海外旅行が大好きで、長期休暇のたびに隙あらば海外逃亡していたような人間だった。
しかし、待ちに待った三年半ぶりの海外旅行は、それまでの自分が想像すらできないほど何もかもが違っていた。
一ヶ月前に勢いで航空券を取ったのも、一週間前に旅程が大幅変更されたのも、旅行に来て「食」にエネルギーをほとんど割かない(割けない)のも、全部初めてだった。
「あなたたちに会いに行く」
その気持ちと勢いだけを原動力に、すべてが「人」のために回る旅というのものを初めて知った。
まだシズニになって日も浅い私が初めて彼らに会える場所が、日本のドームやスタジアムではなくソウルの小さな体育館だなんて、単独ツアーや大きなイベントではなくたった一日だけのペンミだなんて、どうして想像できただろうか。
あまりにもいろんな段階をすっ飛ばして来てしまったため、私自身現実をうまく受け止めきれていなかった。
愛と執念の果てに入手したチケットが本当に取れているのか不安になっては、Yes24のマイページを何度も何度も確認した。
ずっと心が宙に浮いたまま気付けば公演日が来て、流されるように会場に着くと、いつの間にか公演が始まっていた。
彼らが、そこに居る。
オタクなら誰もが好きに決まっているド王道のキラキラ王子様衣装を身にまとった彼らが、本当にそこに居た。
もちろんその事実は理解できるので、夢のような景色を前に歓声を上げながら私も鈍器を振り回していたのだが、その一方で、目の前で展開するすべてのことにまったく実感が湧いていない自分も居た。
ずっと会いたかった大好きな人たちが肉眼で確認できる距離に居るのに、そこに彼らが居ること自体がずっと不思議だった。
「感じる」というより、ずっと「考え」ていた。
正直、心よりも脳の稼働時間の方が長かったと思う。
うろ覚えの歌詞と掛け声、単語レベルしか分からない韓国語トーク、双眼鏡無しの参加なのでどれが誰かも曖昧、肉眼では表情まで見えないのでモニターを見なければならないジレンマ。
特に前半(王子様)は私の席に背を向けるかたちでステージが進行したため基本的に後ろ姿しか見えず、それがにわか日本シズニの激アウェイ感をより強調した。
終始賑やかな周りの観客の盛り上がりに対して、私自身はどこかでずっと緊張していたというか、気が張っていたというか、とにかく実はすごく疲れた。
しかし、お題の楽曲に似合うアイテムを各々持って踊るというゲーム中に、その回のお題だったLove Songを突然一人で歌い出したあなたの声を聴いて、顔が見えなくてもあなたの存在が分かって涙が止まらなかった。
それは私がいつも聴いている大好きな歌声とあまりに同じで、その瞬間、あなたが本当にそこに「居る」のだと分かった。
ゲーム中に遊びで歌っただけのそのワンフレーズが何よりも大きな説得力をもって、私たちが同じ空間を共にしていることを実感させた。
さらにその後のAngelのパフォーマンス。
回転するステージに等間隔に立った彼らの歌が、シャボン玉の素敵な演出も相まって私は忘れられない。
歌詞を一つひとつ噛み締めて慈しむように歌うあなたの表情があまりにも優しいから、歌唱のお手本みたいな大きなお口と輝く瞳とにっこり上がった口角があまりにも美しいから、モニターに映るあなたを見てまたポロポロと泣けてしまった。
そしてその表情は、私がいつも小さな画面越しに観ていたそれと、やっぱりまったく同じだった。
ああそうだ
最初からそうだった
私は最初から、その声と表情に惹かれたのだ
「推し」などというちゃちな言葉では収まりきらないほどあなたが大きくなってきてしまっていることが、そのときはっきりと分かった。
もう戻れないと悟った。
海を越えて、大好きな人たちに会いに行った。
大好きな人たちが、わちゃわちゃ仲良くお話しし、ミニゲームに一生懸命参加し、念願の楽曲を圧巻のパフォーマンスで届けてくれることが、最高に楽しくて嬉しくて、彼ら全員のことをもっと好きになった。
そして同時に、大好きな人が、大好きなお衣装で、大好きなビジュアルで、大好きな歌声で、大好きな表情で、大好きな楽曲を歌うことが、愛おしさを超えて苦しかった。
何もかもが完璧すぎて。
私の理想のアーティスト像が具現化されすぎていて。
完璧な彼のすべてを愛おしく思う一方で、その勝手な「理想」を、偶像としての彼に無意識に押し付けてしまうことがひどく恐ろしかった。
夢のような時間が終わり、抜け殻のまま会場を後にしてふらふらと駅に向かうと、一緒に参加した大好きなお姉さんにたまたま会うことができた。
その瞬間、感じたことと考えたことが言葉にならないまま一気に溢れ出してしまい、私は嗚咽を漏らしながら号泣することしができなかった。
ものすごく楽しくて幸せだったけれど、それだけでは表現しきれない不思議な時間だったなと思う。
でも、どれだけアウェイでも「私はここに居ていいのだろうか」と一度も思わなかった。
私は私にとっての一つの解をあの場所で見つけられたし、あの場に居るべき人間だったとずっと胸を張ってそこに居ることができた。
勢いと執念の一大決心が間違っていなかったとあなたたちが証明してくれた。
本当は、何よりもそれが一番嬉しかった。
海を越えて、大好きな人たちに会いに行った。
客観的に見れば極端で盲目的な行動なのだろうし、分からない人にはぜったいに理解できないことも分かっている。
けれど、そのうえで「ぜったいにまた会いに行く」と強く想えることが、それほどまでに特別な存在に短い人生の中で出会えたこと自体が、本当に幸せでありがたい。
もう「好き」だけでは終われないんだろうなと思う。
苦しさと葛藤に苛まれながら、それでもきっと、もっと、好きになっていく。
その強い確信だけは、はっきりしているのだ。
出会ってくれてありがとう。
私の人生に現れてくれてありがとう。
幸せでいてね、大好きな人たち。
ぜったいにまた会いに行きます。
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