オカーシャによる科学哲学の本を読んで気になった所。因果推論について解説している部分です(強調は引用者による)。
EBMをよく勉強した人が見れば、そんなわけあるかと感ぜられる文でありましょう。この文は、EBMの支持者であってもそういう人がいる、のような表現ではありません。それが代表的あるいは多数の意見である、と読めるものです。一部が唱えているだけであれば、敢えて運動の支持者などと強調する必要は無いからです。
EBM方面において、臨床的証拠の確実さや推奨の程度について評価する、GRADEシステムなるものがあります。
これは、診療ガイドラインを作成する際などに用いられる手法群です。日本のMinds診療ガイドライン作成マニュアルでも参照されています。
これらの手法では、色々の臨床的問いに関する証拠の確実さを、複数の研究を参照し、研究デザインなどを検討して評価するプロセスが取られています。
そこで研究デザインについては、RCTは高い信頼性を得られるとされ、観察研究の信頼性が低いとみなされますが、同時にその信頼性に影響を与える要因も検討されます。たとえば、方法的にはRCTが採用されていても、割付のしかたや遮蔽が不充分な事によるバイアスの可能性が深刻なのであれば、グレードを下げるといった具合です。
このようなプロセスを採用している時点で、EBM的アプローチが、オカーシャが主張するような
などと捉えていないのは明白です。もしこのように考えているのならば、観察研究による証拠のグレードなど考慮する必要は無く、RCT以外は無視し、RCTの品質のみを評価すべきだからです。また、もしRCTでしか因果効果にアプローチできないのにRCT以外を評価し推奨に組み入れるのならば、因果効果を言えないものを参照してガイドライン等を作成している事になってしまいます。
GRADEのワーキンググループメンバーであり開発者のGordon Guyatt氏による、GRADEアプローチの説明動画があります。
また、少し古いですが、Guyatt氏へのインタビューがあります(※httpページ)。
このインタビューでは、GRADEシステムが開発され発展してきた経緯について説明されています。エビデンスというものの評価が、実に複雑である事がうかがえます。
なぜGuyatt氏の意見を紹介したかと言うと、
Guyatt氏がEBMの提唱者の1人だからです。
2024年5月2日追記
前後の文脈を見なければ解らない、というご意見がありましたので、改めて、前後を含めて引用します(強調部は、最初に引用した所です)。
せっかくなので、少し検討してみましょう。
↑EBM運動の支持者の主張について誤った説明をしておきながら、その主張を極論と言い、更に、言及対象(EBM運動支持者)がRCTしか証拠として認めないかのように再び強調している。
↑EBMが立脚する方法的基盤である疫学において、観察研究の結果に対して統計的因果推論のアプローチにより証拠を評価するのは一般的におこなわれている。タバコが疾病の原因になるか、という問いにRCTが使えない、だが観察研究からも因果関係は言える、というような説明は疫学の教科書でもしばしば見られる。
『アドバンスト分析疫学』より引用する。
↑最初の文は、ジョン・スノウの成果などを指している。
RCTが因果関係を突き止める唯一の方法だというのは正しくないなどと主張する流れで、(EBM)運動の支持者を引き合いに出している。そんな事は、引き合いに出された側がよく解っている事であるのに。