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[連載短編小説]『ドァーター』第五章

※この小説は第五章です。第一章からご一読されますと、よりこの作品を楽しむことができます。ぜひお読みください!
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_________本編_________

第五章 見えない愛

 茎崎巴枝の最後は一人だった。ただ愛して欲しかっただけなのに、誰からも理解してもらえなかった。

 母の死去後、実の父親である二十二にそじという男に引き取られた。その男は元囚人だったが、妻を最後まで守れなかった引け目を常に感じていた。同時に、その引け目から二人の娘を愛することができなかった。

 5歳の時にママが亡くなってから、ずっと私の心の真ん中に大きな穴が空いていた。私を愛してくれる人は乙枝お姉ちゃんだけで、お姉ちゃんは私を愛してくれていた。でも、それだけでは、愛は足りなかった。

 そんな時、ずっと心の隅で願い続けていたことが起きた。私たちはずっと疎遠だったが、父親に預けられることになった。心が踊るようだった。パパのことはママからよく聞いていたから、あったことはないけどよく知っていた。

 でも、思っていたものとは違っていた。毎日パパは自室にこもって何かをしていると言って仕事をしていた。晩御飯だって、自分の分だけを作って自室に戻る。私は避けられている気がしてならなかった。

 たった一つの幸せな生活でよかった。毎日少ない食事、暗い電球、カビついた天井。そんな生活でも、パパとお姉ちゃんとテーブルを囲めたらそれでよかった。昔と何も変わっていない。でも、私の心は空いたままだった。

 もうどうしたらいいのかわからない。どうして誰も私を愛してくれないの?

 しかし、私は私を見てくれる人たちを見つけた。温もりを与えてくれるようだった。ネットでモテる方法を調べて、自分を多方面から変えた。メイクの仕方、服装、仕草、口癖。愛されるために、私を好きにさせるために、必死に努力した。

「変わったね」「めっちゃ可愛い!」クラスのみんなやSNSで繋がっている人たちはそう言ってくれる。「嬉しい!」「ありがとう!」私はいつもそう返す。最初こそ本心で嬉しかった。でも、そんなのは当たり前。私が求めているのはそんなちっぽけなものではない。いつしかそう思うようになっていた。

 そしてついに私を心の底から好きだという人が現れた。でも、それでも足りない。もっと、もっと、もっと。私だけを見てほしい。私だけを愛してほしい。私の愛への欲求はそんな黒く渦巻くものへと変わっていった。

 私を好きだという男がこう言った。「ごめん、明日用事があって、デートはまた今度にしよ」彼は若干冷め始めていた。そして私はこう返す。「そっか、私はもう、いいんだ?」それが私のいつもの文句。可哀想に振る舞えばどんな男だって、女を助けようとする。私はずっと被害者でいられる。被害者で居続けることができれば、私はずっとその人を所有できた。全部私のものだった。愛をくれないパパはもちろん必要じゃなくなった。私は私の力で愛を奪いとった。ずっと順調だった。

 彼らが吹っ切れるまでは、やっぱり無理があったようだ。人を強引に縛り続けるのはリスクが必ずある。いつか爆発して私の前から去ってしまう。そして私は思い知る。「行かないで!」「私をひとりにしないで!」一人という孤独を再び味わう。私の感情は、まるで内臓が全てなくなってしまったと錯覚してしまうほどの静寂になった。ずっと私は一人だったと錯覚させられるほどに現実を叩きつけられた。

「巴枝、最近辛そうにしてるね、大丈夫?」お姉ちゃんはいつも私に優しく話しかけた。「お姉ちゃんなんかに私の気持ちはわからないでしょ?」私は気付けば、お姉ちゃんのことが大嫌いだった。だって、お姉ちゃんには彼氏がいる。私と違って、愛されてきた人間だから。私とお姉ちゃんの間には幅の広いそこの見えない谷があった。私はお姉ちゃんとは分かり合えない。そして向こう側の人間と同じ、私の敵だった。

「私を一人にするなんてひどい」彼は愛想が尽き、私の前から消えた。誰も彼も、私の本性に気づいた途端消えていく。「いなくなるなら、私今から死ぬよ?いいの?」誰も止めてくれない。私を愛する人なんて一人もいなかった。こんな情緒不安定な私を好きになる人なんていなかった。

 電車の案内の声がよく聞こえる。冷たい風が私の髪の間をそよいだ。星は雲に隠れていて、月だけが私を見ていた。下を除けば線路が見える、踏切の音も聞こえた。胴体を柵に乗り出し、無表情で眺めていた。「誰か私を殺してくれないかな」私を愛してくれる人はこの世界には存在しない。そう思った。だから私はここで、誰かが私を殺しに来るのを待っている。私は「愛してるよ」こんな一言できっと救われたんだ。今までずっとこの言葉が欲しくて私は生きてきた。今の私にとって、たとえその言葉が嘘であったとしても、気休めだとしても、死なない理由にはなった。

 私は救われたようにまんべんな笑みで手を広げ、身を任せるように柵に乗った。電車が発進した直後、私は頭から落下した。私に生きる意味がなくなったから落ちた。私はこれ以上、誰からも愛されない。もう耐えられない。
結局、誰からもまともに愛されずに終わってしまった。他人の愛し方もわからなかった。こんなに私は「愛されたい」を固執していたんだなと、改めて思う。あんなに頑張ったのに、こんな一言で終わってしまう。皮肉なものだ。

 やっぱり、運なのかな。もし、お姉ちゃんよりも早く生まれてきて、たくさんお母さんに愛されていたなら、私はいい子に育ったのかな。私は落下する。これは全部パパのせいだよ。もっと叱って欲しかったな。私を大事な娘だって言って欲しかったな。私がパパにとって大事な存在だって、私に教えて欲しかったな。私は結局寂しくなってしまった。そう私は、今でもなぜかこんなパパを愛していたんだ。

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続ける!掌編小説。 32/365..

To be continued..

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