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[連載短編小説]『ドァーター』第六章

※この小説は第六章です。第一章からご一読されますと、よりこの作品を楽しむことができます。ぜひお読みください!
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_________本編_________

第六章 制裁
 高架下に雪が積もった。君が光の底に落ちたのもこんな風が次第に強くなっていく日だった。
 あれから一年がたった。一葉との約束は果たされた。結局こんなことになったというのに。
 君は今も病室で眠っていた。僕は未だのうのうと生きている。1年間ずっと巴枝ともえは目を覚さない。あの時、僕は守りきれなかった。巴枝はあの日、電車が発進するタイミングに合わせて柵から身を投げた。
 僕はその光景を目の当たりにしていた。


「巴枝からずっと連絡がない?!」
 僕は声を荒げた。
「そう、今日学校にもきてないらしくて」乙枝おとえは体をジタバタさせていた。じっとしていられないようだった。「どうしよう!あの子最近様子が変だったから。あああどうしたら、私のせいよね」
「落ち着け、乙枝。お前のせいなんかじゃない」そうだ、誰のせいなんて話になったら、僕以外の誰でもない。僕は元死刑囚、今すぐにでも死ぬべきなのは僕なんだ。
「僕が探してくる。外は真っ暗だから、お前は家にいろ」時刻は朝の1時を過ぎようとしていた。いつもなら連絡をくれるはずなのに、今日だけは音沙汰がない。何かあったのは間違いない。僕は急いで家を飛び出した。

  冷たい夜だった。しかも、どんよりとした重たい灰色の雲が空気にのしかかっていて息が詰まるようだった。
 ニュースでこの周辺で誘拐が多発していることを思い出した。もしかしたら。そう思考した途端、冷たい何かが、僕の背筋を伝って登ってくるのを感じた。さらに僕は巴枝の安否が心配になった。
 甘かったと思う。まただ、また守れない。このままじゃ娘まで失ってしまう。娘……今まで父親らしいことしてやれなかったくせに。
「いや、今は巴枝を探すことに集中しろ!巴枝の通学路、考えられる寄り道。全て考慮しろ」
 僕は自分に言い聞かせるように怒るように言った。

 もし、見つけられなかったら、地獄に行く前に、妻と合わせる顔がない。
 僕は無我夢中に走った。息を吐けば空気が白くなった。靴を軽快に鳴らした。巴枝が通っている中学校の通学路、次に駅に向かった。駅は無人で小さく、人通りが少ない。通学路からも離れていたから巴枝には行かないようにと言ってあったが、どうも引っかかる。駅には人が少ない。周辺で誘拐。拳銃の紛失……。この重なりがどうしても、喉の奥に引っかかっているようで取れないのだ。

 駅に到着し、高架下から見上げてホームをのぞいた。案の定、その勘は的中してしまうこととなる。
 ホームには電車が止まっていて、その上の屋根に人影が見えた。間違いない。巴枝だ。巴枝が、今立ち上がったのが見えた。いったいそこで何をしているんだ。巴枝の前に人影が見えた。一瞬のことで全貌は確認できない。
 瞬時に改札にカードをあて、階段を3段飛ばしで上がる。あまりに必死だったので、側から見ればふらふらと墜落しそうな飛行機のようだったと思う。
 家からここまで数十キロは離れている。でも、娘を守らなければならない。これを思うと力が無限に湧いてくるようだった。
 階段をやっとの思いで上り切った。途端に息が荒げる。体が重い。
 牢の中でも、あまり運動しなかったのが悔やまれる。
「今、今行くからな」

 階段を上り切ると、滝のように溢れる唾を飲み込み、汗を切った。垂れた髪を掻き上げ、改めてホームの屋根を見た。巴枝だ。嬉しかった。生きている。会いたかった。今すぐにでも。抱きしめてやりたかった。本当の本当は愛していると、何もかも忘れてただ伝えたかった。
 きっと、娘たちなら何もかも許してくれる。まだやり直せる。本気でそう思った。しかし、そんな一瞬の一言ですら叶わない。
 ホームは、階段を上がるとすぐ横にゴミ箱が並んでいて、右手のすぐ奥に赤と青色の自販機があった。
 僕はホームの端っこに出たようだ。電車は左に向いている。
 体が鉛のように感じた。ゆっくりと重い足を電車の進行方向に向け、前へ前へと突き出す。
 娘が生きている。これを知った僕は落ち着きを取り戻した。がしかし、その安心が僕の外れていたリミッターを再び戻してしまった。同時に疲労が降り注ぐ。当然だ、数十キロを走ってきたんだぞ?健康男性が1日に歩く歩数を走ってきたんだ。立っていられるわけがない。
 数十メートルでいい、その距離から声をかければ僕に気づくはずだ。そしたら、一緒に帰れる。そう信じていた。

 そんな無限のように感じる時間の中で僕はふと思った。
 巴枝と同じくホームの屋根に登っている人影を不思議に思った。柱で隠れていたが、今あらわになった。女、みたいだった。そして僕はその女が右手に持っているものを視界に入れた。その瞬間体が凍りついた。頭は真っ白になって、ピクリとも動かない。
 鈍い黄色味がかった光を反射している、鉄と火薬の暴力、その銃口がいま、まさに巴枝に向けられていた。女は銃を所持していた。僕の頭の中で発作が起きて、思考が巡らない。間に合わない?絶望し、諦めようと本気で思った。
 でも、僕に諦めることは許されない。妻を守れなかった悲しみをもう味わいたくない!
 僕はありったけの力を振り絞って、目に入った柱に設置されている非常用ボタンに指先を当てた、そしてすぐに右足を前に突き出した。巴枝に向けて声を張った。
「巴枝――!」しかし、同時に耳を貫くような音が響き渡った。少女は柵を乗り上げ、屋根から落下した。
 撃たれた?僕は灰のように白い感情に包まれた。でも諦められない。僕はキャッチしようと血眼になって走った。その瞬間灰色に染まった景色が赤く染まった。
 咄嗟に僕は巴枝の落下しようとしている線路に身を投げた。
 衝撃が身体中に走る。そして気がつく。ずっと耳をつく音が鳴り続けていることを。ブーブーブー。そんな音が鳴っていた。
 僕はすぐに起き上がることができた。そしてすぐ僕の腕の中にいる巴枝に視線を送った。腹を抱え、苦しそうにしている。銃があたってしまった。ガタガタと身体が震える。
 そして、コトッと巴枝の力が抜けた。
「……そんな」しかし、今は気絶しているだけだった。すぐに巴枝は病院へ搬送され、手術は開始された。

「手術中」の赤いランプが点灯した。
 巴枝を撃ったあの人影。巴枝があんな場所にいた理由。僕は混乱した頭を整理しようと、考えた。
「どうしてこんなことに……」
 一つの長椅子に、乙枝も僕の隣に座っていた。乙枝も暗い表情で、今にも泣き出しそうだった。そんな様子で彼女は言った。それに僕は返した。
「……思い当たることなんて無限にある。僕のせいなんだ。僕は巴枝をずっと追い詰めていた。ずっと巴枝を愛してあげられなかった」乙枝は僕に視線を向けた。そのまま僕はうつらうつらと話す。「僕の弱さが生んだことなんだ。守るどころか、巴枝を殺してしまうところだった。今まで素っ気なかったよな。乙枝も本当に申し訳なかった」
 いつも僕はこうやって後悔する。だけど、どうしても僕は変わられない、心底怠惰なやつなんだ。
「パパ、私に謝らないでよ。謝るなら巴枝に謝って」乙枝は辛そうに言った。「でも、パパは悪くないよ。だってこれは殺人未遂事件だもの」正直僕は目を丸くして驚いた。全部、僕が巴枝を愛してやれなかったから起きたことだと思っていたからだ。「だってパパ見たんだよね。人影が巴枝の前にいて、銃を撃ったって」乙枝の表情に憎悪がちらついた。
「急に何を言い出すんだ」ホームで見たことは全て乙枝と共有していた。
 僕は若干戸惑っていた。でも確かに巴枝は紛れもなく何者かに撃たれた。
「パパは悪くないよ」ああ、そうか。そうなのかな。「悪いのはそいつだよ。一緒にそいつを捕まえよ。巴枝をこんな目に合わせたんだよ?同じ痛みをそいつにも与えないと」
 乙枝はいつもより、きつい声色で言った。唇は尖っていて、僕を訴えかけてきていた。僕は悪くない。僕は、本当にそれでいいのだろうか。僕に必要なのは僕の怠惰的な行動による世界からの制裁なのではないのか。
 この日から僕は謎の人影について調べるようになる。あの時微かだが、人影は女だったように見えた。きっとどこかにまだ手がかりは残っている。

 巴枝は無事に手術を終え、命がつながった。しかし、目を覚さなかった。
「パパは悪くない」乙枝はそう言ってくれた。その気持ちに応えるべきなのだろうか、約束の100日目が近い、なのに僕は何も守れていない、せめて自分の役割を果たさなければ。しかし、この言葉を発した乙枝が完全に自由になった後でも、僕にとんでもない影響を及ぼしていくことを僕はまだ知るよしもないのだった。

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続ける!毎日掌編小説。32/365..

To Be Continued..

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