【連載小説】スピリット地雷ワールド《第三話》
________プロローグ_________
鈍いタールのような臭いが漂っている。異色のパイナップルがこちらを睨め付けているようだ。
キッチンの壁にかけられているシンプルな時計は午後1時を指している。
愛音はただキッチンの前で茫然としていた。この先の幸せを想像できないでいたのだ。ゴミ箱の闇を見つめて、彼は一体何をするつもりなのだろうか。
彼はあろうことか、ゴミ箱に手を突っ込むと異臭を放つパイナップルを取り出したのだ。なんてことをするのだろうか、部屋中にパイナップルの異様なオーラが広がってしまったらどうするの。きっとその臭いが壁に、照明に、肌にまでこびりついて、ネバネバと取れなくなってしまうだろう。
しかし、さらに愛音はとんでもないことをし始めたのである。どんよりと光る包丁を引き出しから取り出し、まな板にパイナップルを置いたのだ。まだまだ彼の奇行は止まらない。次に、包丁を腐っているも同然のパイナップルに突き刺したのだ。
*人物紹介*
愛音なおと料理がうまく、女子力抜群の男子高校生。
闇葉やみはいわゆる地雷系女子、しかしそれには深い理由が……。
_________本編_________
第三話 メチャクチャぐちゃぐちゃワールド
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何を考えて彼はパイナップルを切り始めたのだろう、こんな異臭を醸し出したパイナップルはきっと腐っているに違いないのに。
闇葉は、ダイニングテーブルの長椅子のキッチンが見える席に座っていて、不思議な臭いに気がつき、照明で照らされている愛音の方を見た。
愛音はササっと手を動かしていて、パイナップルを切った始末には、不適な笑みを浮かべ出したりする。とんでもないやつだ。今の彼は、まさにマッドサイエンティストのようである。
しかし、そんな愛音は、こんなことを考えていた。それは意外にも悲しく、やるせない思いであった。
『闇葉を愛している。今尚、その感情が残っているのだ。どうしてだろうか、彼女を最後まで恨むことができない。きっと僕はお人が良すぎるのだろう。甘すぎなバカだから、闇葉を可哀想だと思っているのだ。
知りたい。僕は彼女の心の中が知りたくてしょうがない。でも、いくら彼女が可哀想だからと言って、憎くないわけじゃない。愛しているけど、逆に最後まで愛することができない。この不完全な気持ちを消し去りたいんだ。はっきりさせたいんだ。闇葉が一体どんな奴なのか、知りたいんだ。”嫌な奴”それだけで終わらせたくない。なぜなら僕は、闇葉の彼氏なのだから』
ああ、愛音はなんと優しいお人なのだろうか。彼は、闇葉の彼氏だという責任を最後まで果たそうとしている。彼女を知ることを諦めず、決定づけるような証拠が見つかるまでは、彼女を完全に嫌わないように、自分へ言い聞かせているのだ。パイナップルをゴミ箱から取り出した理由も、このことが関係しているのだろうか。少しでも彼女を不確定な情報で決めつけてしまった。だから罰としてパイナップルを食べるのだろうか。まあ、それが事実か、筆者の思い違いか、それはすぐにわかることだ。
愛音は、パイナップルを慣れた手つきで一口サイズまで切ると、爪楊枝を取り出して、平皿に並べたパインに刺した。驚くことに、あの異色なパイナップルの果肉は異色ではなく、いつものパイナップルと変わらない鮮やかな黄色であった。これなら、味もマシかもしれない。そう思いながら愛音はパインをテーブルに置いて、一口を頬張った。
甘酸っぱい、果肉が口の中を刺激し、ぐるぐると巡る。歯で噛みつくまでもなく、溶けていくように喉へ流れていった。これはとてもうまい。いつものパイナップル、特に味は違いなかった。
「私も食べていい?」
ずっと待っていたのに、といったようなぷくっと膨れた頬彼女は言った。味からわかる通り、腐ってはいない。闇葉が口にしても大丈夫だろう。しかし、信じがたいことだが。これが本当に精神世界に入ることができるパイナップルであれば、目を合わした途端、パインを口にした人が目を合わせた人の精神世界に入ることができる。手順はあと目を合わせるだけなのだ。おかしな話だ、しかし、もし可能なら、彼女に秘められた心のうちが確実に明瞭となるだろう。
ただ目を合わせるだけだ。それで無理ならそれだけのこと。闇葉の視線はパインに向いている。その闇葉に愛音は言った。
「闇葉。僕はね、君のことをまだ愛しているんだよ」
闇葉の手がピタッと止まった。
「……アハハ、急にどうしたの?」
急なその言葉に闇葉は少しばかり動揺しているようだった。彼女の瞳の向きはぴくりとも動かない。耳は赤く薄く火照っている。
「闇葉、僕の目を見て」
愛音がさりげなく言った。
しばらく沈黙が続く。闇葉は石のようにじっと動かない。すると、ほんの小刻みに彼女の体は揺れながら、彼女の視線が愛音のシャツのボタンを進む。
「ど、どうしたの……?」
闇葉の上にあげた瞳の先には、すぐくっついてしまうほど近く、彼の瞳があった。顎の高さは愛音の顎と同じ高さで、互いの視線が絡み合っている。
なんと大胆な行動だろうか。
「絶対に、見つけ出すから」
さらにこの一言、闇葉にとってチンプンカンプンでも、心を見透かされているようで、闇葉の人並外れた冷静さは砕け散ってしまった。
今の闇葉の顔は真っ赤だ。彼女の冷静さは至る所で活躍していた。例えば、人を騙す時、可哀想な女の子を装うためには、本心を完全に隠さなければならない。地雷を踏まれれば、爆発したように怒り出すのも普段から冷静を維持し続けているからこそだと言える。
しかし、自分の怒りを静まらせようと、抑えれば抑えるほど、爆発は強くなっていく。抑圧は感情の起伏を強くするのだ。冷静さがあるからこそ、爆発の威力が高くなっているということである。
一方、パイナップルの能力はどうなったのだろうか。あれから数秒が経過していた。いまだに、精神世界へ飛ばされることはない。やはり、子供のいたずらであったようだ。
「ちょっと、見つけ出すって何を!急に何を言い出すかと思ったァ!」
闇葉は慌てて、席をたち愛音から離れた。
闇葉の後ろにかけてある時計はちょうど午後一時を指していた。
ん?どうしてこんなところにも、時計がかけてあるのだろうか。すぐ近くのキッチンにもシンプルな時計がかけてあるというのに、全く同じ時計を同じ部屋につけるなんて、個性的な人もいたものだ。
すると、愛音は机の下にゴミ箱を見つけた。これまたおかしい。どうして、キッチンのすぐ隣にゴミ箱があるというのに、机の下にもゴミ箱があるのだろうか。いちいち、立ってキッチンにまでゴミを持っていくのが面倒くさい。と言っても、それほど遠くないし、別に立ち上がらなくてもゴミを入れられる距離だ。
そしてさらに大変な異変が見つかった。
「こ、これは……」
愛音は立ち上がり、辺りを見渡した。なんと、入り口がどこにもないのだ。窓さえも見当たらない。その場にあったであろう場所に、扉や窓が無いのだ。狐につままれているようだ。一体何が起きているのか。
ハっ、まさか、パイナップルはやはり腐っていて、お腹を壊してしまい、こんな眩暈がしているのだろうか。
まるで、この部屋に元から扉や窓がなかったように、どこにも見当たらない。だとしたら、一体彼らはどこから入ってきたのだろうか。
「愛音……!」
闇葉の声が耳に何か被されているような、こもっているように聞こえる。視界が次第に暗闇に侵食されていく。彼女の声が遠のいていく。ああ、行かないでくれ。愛音は淋しくなって、心細くなった。
たった一切れでこれほどまで体に影響するなんて、愛音は立っていられなくなって、体に強い衝撃が走ると同時に、完全に意識を失っててしまったのだった。
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「愛音……私を見つけてね」
真っ白な空間で闇葉の声が聞こえた。
「見つけ出す?一体どこへ行ってしまうんだ!闇葉っ、闇葉……!」
彼女の後ろ姿が見えた。どんどん遠くに行ってしまう。それと同時に、また視界が暗くなった。
彼女の声は、悲しそうで、弱々しい。今まで想像もできない声だった。あの可哀想な嘘くさい声じゃない。切なくて辛い声だった。
一体愛音はこれからどうなってしまうのだろうか。無事目を覚ますことができるのだろうか。行先で愛音は彼女を完全に愛することができるのだろうか。
それを物語るのはまた別の世界、そう彼の冒険は今始まろうとしているのだ。
続く……。
江戸川乱歩の作品にハマってマス。
次回 明後日 投稿!
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