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【1199文字掌編小説】『コクウイチゴ』

 空虚のみがその場にあった。
 どこを見ても暗闇が広がっている。体の感覚はなく、歩いているのかすらわからない。手探りで辺りを探索するが、何もなく、もはや自分という存在がこの場にあるのか不安になった。
 しかし次の瞬間、僕は眩い光に包まれた。

 20〇〇年1月1日、月曜日。午前5時52分10.00秒。時間は セットされた。
 草木はとても寒そうに揺れていて、至る所から美味しそうな匂いがした。同時にぐつぐつという音も聞こえた気がする。鍋を作っているのだろうか。お腹の虫が鳴り止まない。でも、僕には到底お鍋なんか食べられない。貧乏だから、社会に認められなかったから。
 人が限りなく落ちぶれ、誰にも必要とされない。人生の中にそんなとんどん底があるとするなら、今そのどん底に僕はいる。
 でもいつか絶対に這い上がって見せる。そしてこの社会に報復するんだ。

 そんなある日のこと、ついに転機がやってきた。僕の街の真ん中にはシンボルのような、大きな木が生っている。たまたま僕は仕事帰りに立ち寄った。
 あまり信用できないが、どんな願いでも叶えてくれる木らしい。僕は『願い』のような、空虚だと思っていたものに縋った。そこまで僕は社会に追い詰められていた。
 毎日通うようになってから、しばらくした頃だった。その大きな木下に、異質な色合いをした、大きないちごが一つだけ落ちていたのだ。木からイチゴが生って、落ちてきたとは考えられないが、僕は大木を見上げた。すると、驚くべきことにバナナや、りんご、さくらんぼなどいろんな果物が輝いて生っていた。しかし、次瞬きする頃にはその果物は消えていた。残っているのは手元にある、全く美味しそうに見えない大きなイチゴだけだった。
 落ちていたものだし、腐っているのかもしれない、だから本来は食べるという選択肢はないのかもしれない。でも、今の僕はこれを食べずに我慢するということができなかった。一週間何も食べてない、お腹が空いてたまらなかった。だから僕はイチゴを迷わず一口で頬張った。
 味は普通だった。とても甘い、そしてとても幸せな気持ちに包まれた。なぜだろうか。1秒1秒を繊細に感じ取ることができる。人の歩く歩幅、鳥の羽ばたき、それをゆっくりと眺めている。そして次第に、時間は止まった。
 人も、動物も、子供が投げたボールも、まるで時間が止まったようにぴくりとも動かない。どうやら、実際に止まってしまったらしい。
 体の底から、ジュワッと甘酸っぱい感情が登ってくる。僕だけの世界だ。誰も僕を邪魔しない、みんな僕のもの。僕はそんな時間の止まった世界で遊びまわった。この世界で僕は、自分だけの新しい日常を作った。誰も僕の正体はわからない。何をしてもすぐに逃げられる。僕は無邪気に笑った。
 幸せの無の時間だった。

 プチンという音がした。気がつくと、あの異質な色のイチゴを持っていて、僕は大木のそばにいた。

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続ける!毎日掌編小説。37/365..

最後まで読んでくれてありがとう!!

_________おまけ_________

今日、学びがまたひとつありました。みこと(筆者)は完成した小説を見返すと、どうしても何か違うなと感じることが度々あります。その度に完璧を求めようとしすぎてしまうんですよね💦。そしたら、元々目標80%って自分で決めてたはずなのに、100%完璧じゃないと認めない自分になってて、作品が完璧じゃない度に、「はいダメね、みことは」って思ってしまうんです。そして、しばらく忘れかけてた「楽しく小説を書く」という生きかたを思い出さないとって思いました。なんせ、小説を書くことが一番好きなことなので、絶対に嫌いになんかなりたくないんです。だから、毎朝「80%でがんばれよ、みこと」と言い聞かせるようにと、学びました。

明日、ドァーター次章投稿!

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