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2022年と27歳の私へ



「愛さえあれば、いつ何処にいたって笑って死んでいけるさ」を噛み締める年末。本当のことって愛でわかる。

2022年もあと少しで終わり。年始に新年の決意とか、「27歳」っていう、自分の中での何となく区切りの年齢だなあ、と思って書いたこの記事のアンサーを振り返りも込めて書いてみようと思う。




2022年を生きて、27歳になった私へ。


何かを成し遂げられなくても、自分の軸がわかった気がする。湧きあがってくる感情の消費の仕方とか、どんな気持ちを大切にしたいのか、私は何が好きで何かしたいのか。わかったきっかけは、自分の体かボロボロになったからだったけど、それだとしても今気づけたことが本当に大きいと思う。

固定概念を捨てて、認めたくても認められない事実を認めなかったことで、次のステップに進むことができた。他人の気持ちが軸になっていた自分にとって、自分軸で考えて行動すること、それがどれだけ大きい一歩なのか、年始の私は知らなかった。周りの人は大切にしたい、でも価値観や気持ちはそれぞれ違う。好きなら、一緒に過ごしたいなら、それでも手をとっていかないといけなくて、時にはその手を振り払わないといけない。無情かもしれないけど、グッと生きやすくなった。


今年は本当によく本を読んだね。相変わらず積読は多いけど、色々読んだ。時に自分の力になる言葉や、戒めになる言葉、大きな波のような感動まで、たくさんの感情や言葉のプレゼントを私にくれた。2023年もたくさんの本に出会いたい。

本だけじゃなくて、今年は漫画も映画もドラマも、国内外問わずたくさん触れた。この一年で本当に感性が豊かになった気がする。よく笑うようになったし、よく泣くようにもなった。あらゆるエンタメ、作品や言葉、感情に触れることは自分の感情を豊かにしてくれること、そして多様な人の気持ちがわかるようになることだとわかった。それって、すごく素敵なことだと思う。


「体が資本だから」をこんなに身を挺して知ることになるとは思わなかった。心も体も壊して、今思うことは、本当に心身って正直だなあということ。感情が動かなくなって、体も辛くなっていく日々は、人生の中で祖父母が亡くなった時と同等くらいに辛くて、私はこのまま死んでしまうのか?とも思った。体を壊して良かっただなんて思わない。でもこの日々がなかったら、人に優しくできるどころか、自分がどんどん沼の底に沈んでしまうはずだった。だから、これからは自分のことも大切にしていこうね。

今年は休職して転職をした。転機の年だった。こんなにも自分と向き合い、自分と対話して出した答えに良かったと言える日は、まだ来ていないけど、後悔はしていない。今過ごしている日々は確実に充実しているし、勉強にもなっている。そして、新天地でも信じられないくらい人に恵まれている。ありがたいことで、この気持ちを忘れないようにしないといけないなと自戒する。



来年のことは来年考えればいい。今年も一年本当によく頑張りました。そんな自分にとびっきりのご褒美をあげよう。来年も笑顔でいられますように。

一年間本当にお疲れ様でした。



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