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five realities 〜執着〜 (2)

十歳を迎える年の正月 
 リンは高見太夫の禿となった

 リン あんただと思った
花魁の部屋に挨拶に行くと高見太夫が
笑顔で迎えてくれた
 
 花魁よろしくお願いいたします

娘たちはここに来てから二年間
日常の所作や能力を見極められる

そして

花魁になるか
女郎になるか
見定められる

女郎に定められた女は初会まで変わらず
下働きをしながらその日を待つ

花魁と定められた女は
花魁につき所作を学びながら
師匠に一通りの芸事を習う

あれから八年
桜の花が咲き誇る春

リンが花魁として独り立ちする時がきた

さあ華を咲かせる時がきたね
 今日から月影と名乗りなさい

この世に生れ落ち半分以上を廓で過ごした
人目に触れるようになり
遊郭でも美貌と才覚が評判になっていった

 もう水揚げを申し出る客がいてさ
 準備しておいておくれよ

 はい

私は恵まれてきた 
これからはおっ母と
約束したように幸せになる

 月影花魁 おめでとうございます

政の言葉が胸に刺さる

花魁に襲名してから
連夜の宴が繰り広げられた

 月影 明日は姫路の旦那様から
 花魁道中の話があるんだよ
 そろそろ夜伽もいいかね

 
はい

私は恵まれている
殿方から求められ
選んで癒しを与えられる

限られた自由の中でも
女としての尊厳がある
それだけを誇りに男たちに身を任せる

 月影花魁 おはようございます

政の笑顔が胸を締め付ける

暑い夏が過ぎる
ぼんやり庭の緑を眺めていると

急に
子供の泣き声が聞こえてきた
おっ母のところに帰らせてくれ
階段を駆け下り庭に出ると
昨夜売られてきたさやがいた
 どうしたの
政が険しい顔でさやの袖口を掴んでいる
 帰りたい
それだけを言い泣き続けている
 政 女将さんには内緒にして
 私がこの子と話をするから
政は袖口を離し
何も言わず母屋に戻っていった

さやを部屋に招き入れ

水の入った湯呑を渡す
一気に飲み干し
リンの顔をじっと見つめている

少しずつ落ち着きを取り戻してくると
部屋の装飾品を見渡していた

 さや落ち着いたかい
その言葉にこちらを向き
微笑むリンと目を合わせた
 さやの村はどんな所だった

 私の村は山の中腹にある小さな村でね
 おっ夫もおっ母も一日中働いていた
 弟と妹がいて賑やかな家だったけど
 その分食いぶちを稼ぐのが大変でさ
 自分がここへ来れば少しの間でも
 白い米が食べられるだろう

リンの話をしっかり聞きながら
自分の置かれている立場を
理解しようとしているさやが愛おしかった

化粧台の上に置いてあるガラス器を取り
金平糖をさやの口に入れた

初めて口にした金平糖に
目を大きく見開き笑顔を見せた

 村を離れる時におっ母が言ったんだ
 幸せになれって

 ここでは読み書きや芸事も習えるし
 頑張れば綺麗な晴れ着を着て
こんな部屋でも暮らせる

 ここに来たことを嘆いたり
恨んだりせず楽しみなさい

そっとさやを抱き寄せ

 さやも幸せになりなさい

そう言うと
また大粒の涙を流しながらも
リンの腕の中で何度も頷いていた

それからのさやは
下働きを申し出て最初か最後まで勤めた
手習いの時間は
誰よりも真剣に取り組んでいた

 お母さん お願いがあります

 これからここに来た娘たちを
最初にあずけてくれませんか

女将は
リンの申し出に驚き
 それじゃあ あんたが養うだけで
 相当な散々になるじゃないか

花魁付や女郎付の下男や娘たちの
生活を面倒をみるのが通常だった

 承知しています 
娘たちがここでの生活に慣れたと
お母さんが判断するまで
私にあずからせてください

こっちは助かるけど
あんたはほんと変わり者だね

ありがとうございます

そのぶん頑張って奉公ができます

部屋の隅にいた政が
リンに続いて廊下に出てきた

さやの事黙ってくれてありがとう

 私ね 
あの子たちのおっ母になろうと思うの
 ここから逃げられないなら
一つでも笑顔を作ってやりたい

 政も手伝ってね

何も言わず頷く政と微笑んだ

それからお座敷までの時間を
政と一緒に子供たちと過ごすようになった

読み書き以外にも
裁縫に興味のある子は
小さな布袋から
部屋に持ち帰り
眠る時間を惜しみ
今では浴衣を縫い始めている

唄に興味を持つ子や
華道や料理に興味をもつ子

好きなことに没頭する時間を過ごし
故郷や家族のことを
楽しそうに話している

次第に心を開き
笑顔を見せてくれるのが嬉しかった

そして政と一緒に過ごせる事が

リンにとっての嬉しいことだった

この子たちの姿と
子供の頃の自分が重なる

私はここに来た時から何も不安がなかった

初めて目にしたのが政だったから
初めて言葉を交わしたのが政だったから

きっと
政を見た瞬間に恋をしたのだ(ろう)
政と過ごす時間で愛を知ったのだ(ろう)

そんな想いが頭をよぎり
見ないふりをしてきた
自分が抱く感情に気がついた

心に温かいものが沁みわたっていく

それと同時に
言いようのない心の痛みが走った

どうやって部屋に戻ったのだろう

障子を開けると

宵闇に水銀灯の灯りが煌めいていた

窓ガラスに映る
綺麗に着飾った妖艶な女郎が

 幸せになれるわけがないじゃない

苦笑しながらリンに言い放った

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