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five realities 〜執着〜 (3)

政への思いに気づき
心から溢れた痛みが全身に広がり
リンを縛り付けはじめていた

両手足の自由を奪われ
身体は鉛で包まれた

こんなことなら
思考まで縛り付けてくれれば
どれだけ楽だろう

政の顔が浮かぶ
政との日々か鮮やかに蘇る

この感情を認めてしまったら

女に生まれてきたこと

ここに来たこと
花魁として華やかな女を演じてきたこと
手に入れてきたものが
女の幸せだと信じて生きていた

これまでの運命を
肯定できなくなってしまう

自分の心を見ないふりしてきた

ふっと溢れ出た言葉が

胸を突き刺した瞬間
心が砕け散った

それからの日々は地獄だった

平静を装いお座敷をこなし
男たちに身をゆだねる

唯一安らぎを与えてくれていた
子供たちとの時間も

政に対する羞恥心と
自分への嫌悪感で
縛られる時間に変わっていた

その頃から月のものが重くなり
床から起き上がれない倦怠感にさいなまれた
身体の穢れを洗い流そうとするかのように
大量の出血が伴った

でも
その時だけは
全てを忘れ深い眠りにつける

お馴染み様からの心付けや
子供たちからの文や花が心を癒してくれる

私を心配し必要としてくれる人がいる
もっと頑張らなければ
その言葉を胸に
華やかな時に身をゆだねていった

襲名当初から
贔屓にしている上総屋の旦那様
身体を求めることもなく
二人で過ごす時間を楽しんでくれている
一晩で大金を支払い
恥をかかせないようにと朝まで共に過ごす

床に入ってからは手を握り眠りに付くまで
優しく話しかけてくれる

 旦那様
本日もお招きありがとうございます

笑顔の旦那様が真顔に変わり

しみじみとリンの顔を見て呟いた
 月影 少し痩せたな

旦那様の心配が伝わり
涙が溢れるのを必死にこらえた

 旦那様ご心配おかけして申し訳ありません
 梅雨空に月も影を落とせぬほどです
 今宵は旦那様の優しさに
 月影の憂いをお見せいたしましょう

宴が繰り広げられる中
いつものように手を握り
時に目を合わせ微笑む

皆が引けたあとは
何時ものように二人で盃を酌み交わし
外の賑わいが静寂に変わるのを感じていた

ゆっくりと盃をあけ

 月影 生きていると
 よいこともそうでないこともあるから
 人は成長していける

 悩みのない人生はない
目を背け時が過ぎるのを待つのも
目を逸らさず向き合うのも
人の生き方

どちらが良いか悪いかは
後からついてくるもので
それを判断できるのは自分だけだしな

己にしか答えはみつけられないんだよ
優しく微笑む旦那様

肩を震わせ隠しようもない涙を
大きな手でそっとぬぐってくれる
旦那様

の胸に顔を埋めた

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