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【インド40日旅】デリー到着1時間でカモになった話

私が2019年、22歳の時にインド一人旅に行った時の話です。

■もくじ
・出発
・タクシー選び
・インド人の洗礼
・号泣作戦
・宿到着

【出発】

インドは危ない!それに女一人で40日なんてやめなさい!

と言われるのは分かっていたので両親には航空券を取ってから直前にインド行きを報告しきちんと怒られてから私の旅は始まりました。成田から10時間位のフライトを「二度と長時間フライトなんてしない...」とすぐに忘れるあの決意を固めながらデリーに到着。

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今も当時も貧乏だったので一番安い便を取り到着は深夜0時頃。空港で適当に寝て明け方に宿に向かおうという計画(でした)。
しかし計画は崩れます。
数年前にカンボジア旅で飛行機から降機後に人の流れから外れて壮大に道に迷い荷物もなくした経験があった私は、「今回は人の流れから外れない」という強い信念のもと同じ便だったインド人たちにひたすら付いていきました。その結果、いつの間にか空港の外に出てしまっていました(Am I ニワトリ?)
空港から出てしまうとチケットとパスポートとかを見せないと入れないシステムだった(気がする)ので、しかたなく宿に向かうことに。

【タクシー選び】

外には見るからに怪しいタクシーがいっぱいでしたが、私は驚きません。
なぜなら事前にデリー空港のタクシー事情は調べ済みだから。

絶対に怪しいタクシーには乗らないし騙されないぜインド人達ヨ!カカッテコイヨ!と自信満々。前払い制のタクシーなら安全との情報を信じていたため深夜に1人でうろうろ。
道もわからなければ英語も分からない、ましてや初めて聞くインド英語は何一つ理解できない私は1時間ほど探しましたが、良さげなタクシーは見つからず疲労がMaxに。
そこに髭を生やした30歳くらいのインド人が「What are you doing?」と話しかけてきて、私が日本人だと分かると、アリガトウやサヨウナラなど知っている日本語を披露してくれて怪しいやつだと思いつつおしゃべりしていました。


そして彼は、俺の友達が個人タクシーやってて安全だから乗って行けよと言ってオンボロ車に私を乗せ宿の場所をドライバーに説明し「バイバーイ!Have a good trip!」とお別れしました。

なぜ1時間前まで怪しい奴には引っかからないと自信満々だった私が今、ハンドルやらドアやら大体の物が破損してる怪しさ120点満点のタクシーに乗っているのだろう?と思いつつ、That's Life。と財布とパスポートだけは大事に抱えながら空港から15分(のはずだった)の宿に向かいました。

【インド人の洗礼】

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結果的に詐欺タクシーで、宿まで1時間以上経ってやっと到着できました。

40歳ぐらいの運ちゃんは「バックパックは荷台に乗せろよう」としつこめに言っていましたが、私は何かあったらすぐ逃げられるようにとずっと抱えることにしました。乗ったはいいものの、何となくこの先平和に宿まで付く気がしていなかったのです。


その勘は的中。私は早速インド人の洗礼を受けることに。
10分ほど経つと運ちゃんは、「この道は警察に封鎖されてる。他の道を通ろう」と。
私は「これが!!これがあの!!!インド人!の!洗礼ですか!?!」と良くわからない興奮を抑え、多分殴られたり無理にお金を取られる事はないだろうという謎の信頼感を運ちゃんに託し流れに身を任せることにしました。

「OK,どの道でも大丈夫ですよ」と伝えると、そこから3度ほど『この道も封鎖されてる』というのが繰り返され、結果『今日はお前の宿に行ける道がない。可哀そうだからツーリストセンターで助けてやるぜ。』と。


私は怪しげな看板がかかったツーリストセンターなる場所に連れて来られた。ここで車を降りたらやばい!という本能から、そこからやっと私は抵抗を始めました。
「もういいから宿に行ってくれ」とゴリゴリにお願いしましたが、運ちゃんもゴリゴリに断り硬直状態。
すると突然窓をノックしてくる優しい顔をしたおじさん!
『このドライバーと揉めてるの?大丈夫?』と心配してくれて、事情を話しました。
すると、『このドライバーはあかんな。大丈夫、俺がツーリストセンターで助けてやるからなぁ』と。そうかお前もグルなのか。

周りに味方がいないことを知り、一人でどうにかしないといけないと悟る。
以前読んだ写真家ヨシダナギさんの本の中にアフリカで意地悪をされまくったが、大泣きすると相手を負かすことができるという話があったのを思い出した。
作戦が決まった。

【号泣作戦】

まずは怒ってみる、ついでに車から飛び出そうとしてみる。「もう歩いて宿まで行く!」と。
するといつの間にか集まっていたインド人達はみな『危ない!やめておけ!』と本気で止めてくる。
これは詐欺師としての言葉じゃなく本気で危ないんだ、と思った。案外優しい心持ち合わせてるやないか。

次は「じゃあ宿まで早く送ってよ」と運ちゃんに言うとまた、『警察が道路を封鎖してる』と振り出しに戻る。
次に私はシクシク泣いた。「ワタシインドがスキでキタのにナゼお前イジワルスルノカ...ワタシカナシイヨ...」と。
でもまだ運ちゃんの態度は変わりそうにない。
次は嗚咽しながら号泣し、何を言われても涙と嗚咽で返した。本当にめちゃくちゃ泣いて鼻水をまき散らした。
女が嗚咽して泣いている...それに拗ねまくっとる...と引いており、
『わかった、宿に行くよ』
とやっと欲しかったセリフを言ってくれた。

そこから運ちゃんはマジで道に迷いまくりイライラしながらも無事私を宿に届けてくれた。
最後まで料金をぼったくろうとしてきて私もイライラしたけど、宿に着いたから全部許す。

【宿、到着】

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宿の前に着いたら、目の前にタクシーと揉めてる日本人の男の子がいる。
見覚えがあると思ったら、飛行機で隣だった青年だった。
イライラしてる勢いで揉めてるところに首を突っ込み事情を聞くと、青年は"ツーリストTax"を請求されているとの事だった。金額としては400円くらいだったと思うが、揉めていた。
男なら払えよだから彼女出来ないんだyo!(偏見)と思いながら、宿の従業員にヘルプしてもらい解決した。


ここまでインド到着から約2~3時間の出来事。
インドの洗礼を浴び、次の日は起き上がりたくない気分だった。

これを皮切りに一生忘れられないインド旅が始まりました。
インド人、特にデリーで出会ったインド人たちの憎たらしさが後々大好きになりますが、その時は帰りたいのピークでインドなんてもう嫌い。という気持ちでいっぱいでした。

お読みいただきありがとうございました!

続きます!

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