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エッセイ:「湊あくあ」という夢

はじめに

 僕が夢を見ていたのか、彼女の夢の中にファンの一人として僕がいたのか…。最高の夏、たどり着いた夢の終着港。永遠なんて神にしか許されていないのに、この愉快な旅路が、ずっと続くものだと思っていた――。

 湊あくあちゃん(以下通称に従い「あくたん」)は大手Vtuber事務所ホロライブの2期生です。自他ともに認める「陰キャ」「コミュ障」でしたが、可愛らしい声と見た目、真面目で愛嬌のある人柄に加え、ゲームセンスもあり歌も上手くて、Youtubeのチャンネル登録者数は200万人を越えるホロライブのスタータレントでした。この「スター性」はチャンネル登録者数などの数字の大きさではなくて、「華やかさ」のようなものです。この子が何かを達成すると、どこか普通とは違った華々しさが感じられました。しかし2024年8月28日、多くの人に惜しまれつつホロライブを卒業しました。

 初めに断っておくと、僕はあくたんを影ながら好意的に見守っていたという感じで、ガチ勢というわけではないので、あくたんについてそんなに詳しいわけではないです。とはいえあくたんは僕がホロライブを見るようになったきっかけでもあり、「ホロライブ」と聞いて真っ先に思い浮かぶような存在でもありました。

 そういうわけであくたんが卒業を発表したときは大変な衝撃を受けました。ホロライブからあくたんがいなくなるというのは、僕にとって「8月いっぱいで日本から富士山が消えます」みたいな話でした。
 僕はVtuberを追うのをメインの趣味にしているというわけではないので、配信をリアルタイムで視聴したことはほとんどなくて、切り抜きとアーカイブが主ではありました。僕があくたんを見ていた期間は3年弱で、全活動期間である6年のうちの半分にちょっと満たない程度でしかありませんが、それでも中学や高校で言えば入学から卒業直前辺りまでの期間見ていたことになるので、そう考えると結構長いなとも思います。

 この記事は僕の目に映った湊あくあの魅力と思い出語りです。そうであると同時に、インターネットの海に彼女についてのまとまった文章を放流することで、「忘れないで欲しい」という彼女の最後の願いを叶える一助になったらいいなとも思っています。

始まりの風景

 僕が初めて知ったホロライブメンバーは同じホロライブ2期生の紫咲シオンちゃんでした。『ポケットモンスター シャイニングパール&ブリリアントダイヤモンド』が発売されて、買う前にどんなものか見てみようと実況配信を探していたのがきっかけです。それからホロライブの動画がオススメに出てくるようになり、出会ったわけです。「あくシオ」に。

 湊あくあと紫咲シオンの絡み、あくシオが全ての始まりでした。ホロライブは「アイドル」と言われていますが、箱全体としては「日常系百合アニメ」のほうが個人的にはしっくりくる気がします。メンバーが主要キャラで、アバターをもっているスタッフさんがサブキャラで、社長のYAGOO氏が『のんのんびより』の越谷兄や『ご注文はうさぎですか?』のマスターのようなゆるい男性サブキャラみたいな感じで。
 「ほのぼのとした世界で可愛い子たちがわちゃわちゃ何かやっているのを見て癒される」という、日常系アニメを見るような感覚で見ることができる。これが僕にとってのホロライブの入り口になりました。この日常自体も普段経験することはない理想の日常なので、理想を見せるという点ではアイドルと共通するところはありますね。

 日常のアクセントになるのがいわゆる「てぇてぇ」です。あくシオでは、相手の「好き」が誇張されて、現実認識が歪んでいるあくたんの「思い込みの狂気」に翻弄されるシオンちゃんという構図が大変微笑ましかったです。
 あくシオについては、あくたんの卒業ライブをスタジオで見届けて、彼女の最後を見送ったのもシオンちゃんということで、「この絆は本物だったんだなあ」という感慨深い後日譚もあります。

 あくシオは僕にとってのホロライブの原風景です。この風景がもう過去の動画の中でしか見られなくなってしまったのは悲しいけど、その片割れであるあくたんのことを忘れることはないでしょう。原風景は変わらないので。

主人公・湊あくあ

湊あくあの主人公感

 あくたんには特にゲーム配信において「主人公感」のようなものがありました。本人が『ソードアート・オンライン』の主人公であるキリトに憧れていると公言していたので、この「キリトになりたい」という想いが主人公っぽさの源泉にあるのかもしれません。次のアイドルの節でも触れますが、理想像の実現に対する信念の強さはあくたんの性格的な魅力の核の部分を形成していたと思います。女の人でヒロインのアスナではなくキリトになりたい人っていうのは珍しい気がするので、その辺はユニークさでもありますね。
 キリトっぽさが特に出たのはAPEXのソロマスチャレンジでしょうか。

 僕はAPEXについては何も知らないので、周りの反応的に凄いことらしいということしか分かりません。でもこのように達成すると凄いと言われるような目標を立てて、視聴者が飽きない間に努力して強くなって、途中劇的なことを挟みつつ目標を達成するという一連の流れが主人公っぽさの外面的な要因なのかなと思います。内面的には上で挙げた信念の強さや、負けず嫌いで努力家な性格などがポイントですかね。そしてギャップとして効いていたのが「陰キャ」という属性です。しかも中途半端なものではなく、「これでどうやって配信者やってるんだ」っていうレベルだったのがよかったですね。

 会話の成立が困難な場合すらあるレベルなのに、何やら強い芯があって努力家で、ゲームをやらせると凄いというギャップ。あと陰キャエピソードはそれ自体も面白かったですね。「短所でひき立つ人もいれば、長所で見劣りのする人もいる」(『ラ・ロシュフコー箴言集』岩波文庫、p. 79)。あくたんは短所でよく引き立ってましたね(長所でも見劣りしていませんでしたが)。配信者で成功する人ってそういうタイプの人が割と多いんじゃないかなという印象があります。

大乱闘スマッシュブラザーズSPECIAL

 僕があくたんのソロでのゲーム配信に興味をもつきっかけになったゲームは大乱闘スマッシュブラザーズです。

 VIP入りを目指して6時間もの激闘。あと一勝というところでひらがな一文字の名前で弱キャラ使いという典型的な猛者が現れたりして波乱な展開でした。それでも最後にはこれまでの努力が実って見事VIPに登り詰めました。

 あくたんにはゲームの上手さを求める人が多かったと思いますが、スマブラではボコられるときも輝いていました。対視聴者戦ではスマブラの猛者たちが配信に集まった結果、「湊あくあボコボコRTA」という切り抜きも作られていました。VIPチャレンジの前の時期です。

 この切り抜き師さんのあくたんのスマブラ切り抜きシリーズで僕が一番よく見たのはこの対むらびとの動画です。

 あくたんはむらびとを一回も落とすことができないままボコられてトラウマになっていきます。人間離れした動きをするむらびともいて凄いです。でも何と言ってもあくたんの面白いリアクションが見どころですね。ボコられるところがメインではありますが、あくたんがある程度上手いからこそ配信で成り立っているところはありますね。

マリオカート8DX

 あくたんのゲーム配信で取り上げたいのがもう一つ、マリオカートです。

 あくたんは配信内外でマリオカートを凄く練習していて、ホロライブの大会では「絶対王者」と言えるようなポジションを築いていました。
 そのホロライブのマリカ大会の中でも、2021年に行われたお正月CUPは僕に忘れられないほどの強い印象を残しました。ホロライブで最強と言われつつもなお努力に努力を重ねたあくたんと、前年度の悔しさをバネに、同じくマリカをめちゃくちゃ頑張ったすいちゃん(0期生・星街すいせい)との本気のぶつかり合いが感動的でした。

 各参加者の視点をまとめた切り抜きを作ってくれてる人もいます。

 勝ったほうも負けたほうも泣いてて、二人とも本当に真剣で全力だったんだなって、心を揺さぶられました。この大会はホロライブの伝説として語り継いでもいいんじゃないかと思っています。
 あくたんはこのすいちゃんと、大会を主催したトワさま(4期生・常闇トワ)とで、後に"Startend"というユニットを結成してAPEXの大会に出たりもして、生涯の友とも言えるような間柄になりました。運命を感じますね。

アイドル・湊あくあ

 2024年3月16日から17日にかけて開催された"hololive 5th fes. Capture the Moment "。これがあくたんがステージに上った最後の全体ライブとなりました。

 なんと可愛らしい… 約半年前にこれらのスクリーンショットを撮ったとき、こういう趣旨の記事に使うことになるなんて思いもしませんでした。

 アイドルとしてのあくたんと言えば、卒業ライブに触れないわけにはいかないでしょう。これはアイドル・湊あくあの集大成であり、彼女が伝説のアイドルとなった瞬間です。

 最大の同時接続数は約75万人。鳥取県の人口のおよそ1.5倍の人が集まりました。でも今はまだ悲しすぎて、アーカイブを見れないのでこのライブについて深くは語れません。最後の「#あくあ色ぱれっと」はもう本当に感動しました。しかもこの曲は今油断すると頭の中で流れて始めて泣きそうになります。この伝説のアイドルの最後を、リアルタイムで見れてよかったです。

 あくたんのオリジナル曲について何か感想を書こうかと思ったのですが、それも今はちょっと精神的に無理なので、カバー曲を一曲取り上げたいと思います。

 「誇り高きアイドル」。これを聴いたときめちゃくちゃ心を動かされました。あくたんはアニメ・ラノベではキリトに憧れてましたが、アイドルの領域では元アイドルの嗣永桃子(ももち)さんに憧れていたそうです。アイドル活動でも理想像があって、それを実現しようと頑張ってたんですね。僕は今こんな記事を書いてはいますが、「そんな刹那的なものを追いかけるなんて…」とも一方では思っていて、ホロライブを見るまでは実際に「アイドルなんか」っていう気持ちもありました。でも本気の想いってそんなもの突き破って心に刺さってくるんですね。「アイドルって凄い…」って分からされました。今でもアイドル一般にはあまり興味はないですが、アイドル活動に真剣に向き合ってる人に関しては素直に尊敬します。

 こんなコミュ障でひ弱そうな子が、強い信念とたゆまぬ努力で成長して、ゲームでは強敵を倒して無双して、アイドルとしては大舞台に立って観衆を沸かせて… こんなの好きにならないわけないですよね。フィクションではないのに、ここまでキャラが立ってる人って相当珍しいと思います。アニメの世界からやって来たのかな…

終わりに

 彼女は抱えきれないほどの思い出とともに、ホロライブという港から旅立ちました。水平線の彼方に消えていく最後のときまで、彼女の光はこの港を明るく照らしていました。限りなく澄み渡る青い空。果てしなく広がる青い海。湊あくあは夏の思い出の中で永遠になりました。あの鮮やかな青色の向こう側には、一体何があるのでしょうか。
 さて、そうこうしているうちに時間が過ぎ、ひぐらしの鳴き声が聞こえ始めました。どことなく物寂しい雰囲気が、周囲を包みます。やがて日が傾いて、海も空も夕焼けの色に染まるでしょう。青色の夏が、茜色の秋へと変わります。「もうあの最高の季節は終わったんだ」と、いよいよ実感が湧いてきました。「名残惜しい。時間を巻き戻して、もう一度最初から彼女の物語を見てみたい。もしかしたら何かの弾みで、今とは違った未来に到達するかもしれない」などととりとめもない空想に耽りつつ、この辺りで筆を置きたいと思います。

 ところで9月下旬から11月下旬にかけて、北の夜空ではカシオペア座が一年で最も高い位置に昇っています。この星座は一年中北天で輝いていますが、この時期が一番見えやすい時期です。
 湊あくあは間違いなく伝説のアイドルでした。不世出のゲーマーメイドでした。正直なところ卒業して欲しくなかった。もっと湊あくあの物語を見ていたかった。でもこの選択の先にある未来が、明るいものであることを願っています。無常な人の世の想いを、悠久の星々に託して… そっと目を閉じれば、きっとそこには彼女の姿が――。