21:01
エスカレーターで派手に転んだ。
今月3度目だ。
21:02神戸三宮発の梅田行きに乗りたくて、あと少しで登りきれる、とカップルを追い越したところで転んだ。
右の靴が脱げて、エスカレーターの終点で間抜けに引っかかっている。お気に入りのピンクメタリックのバレエシューズ。カップルのお姉さんのほうに、大丈夫ですか?と声をかけられて、大丈夫だと思います!と答えながらそそくさと靴をひろった。遠いな京都。やさしいな彼女。
この間は大丸の出口で転んだ。
化粧品を買ったあと(ディオールのきらきらリップたち!)、お気に入りの古着屋(格好良いヴィンテージドレスがたくさんある。)に行きたくて高倉通の出口を出た。段差に気付かず派手に転んだ。目の前を歩いていた年配のご婦人が、大丈夫?とこちらへ向かってくる。じんじん痛む足にちからを込めて立ち上がり、大丈夫です、ありがとうございます、と笑った。鼻の奥がつんとした。
その前は自宅。
真夜中、自分の家なのに段差を見誤って転んだ。52キロの身体が膝からどすんと落ちたので、階下の人は驚いたかもしれない。あんまり阿呆らしくて痛くて暫く動けず、これは気のせい、と思い込んで寝た。起きたら右膝にふたつ痣ができていた。どうにも私は間が抜けている。
結局21:02の梅田行きには乗れなかった。
次は21:14発だ。
もうやだ帰りたい。痛かったねよしよしってされたい。半泣きでホームのベンチに座る。目の前にはきたないピンク色の雑居ビル。
ちいさな窓のなかで、たのしそうに酒を飲むひとたち。なんかあったかそう。実際あったかいだろうけど。いいな。あの窓のなかのひとになりたい。思ったところで悲しくなった。私、このままうちに帰っても帰らなくても誰にも分かんないんだ。
電話すれば会える男はいる。大阪まで行けば最寄りの駅まで迎えにくるだろう。痛かったねよしよし、はすくなくとも手に入る。でも違う。ほんとに私がほしいのはそれじゃない。
ピンクメタリックのバレエシューズは、ドロシーみたいでかわいくて気に入っている。オズの魔法使いのなかではルビーの靴のかかとを3回鳴らせばおうちへ帰れるシステムだけど、いま私がいるこの世界ではどうやら違うらしい。
エスカレーターにぶつけた左のすねが痛い。3度目の打ち身で右膝がいたい。帰ったらきっとまた痣になってんだろな。あ、左はタイツが肌にひっついてる。かさぶたになるな。
イヤフォンから向井秀徳の声が聴こえる。
冷凍都市の暮らし、あいつ姿くらまし
このままうちに帰っても帰らなくても誰にも分かんないんだな。どこかに帰る、という行為がそもそもほんとかどうか分からない。帰る、というのは身体より精神性の問題な気がしている。それは世界に放り出されて意識を得た以上、いつも自分で選ぶか作るかして決めるしかない。
行方知れず あいつ姿くらまし
行方知れず あいつ姿くらまし
こんな絶望モードは脚がじんじん痛いせい。
ダサい自分がはずかしくて情けなかったせい。
意識を得てから今まで起こったあれやこれやを忘れたくなくて、私はいつも傷ついたままでいる。まるで何も傷つけたことなんかない顔して、えぐりかえして悦に入っている。失くしてない気になっている。だっせぇな。帰る場所、ほしいもの、自問自答。ギターの音が気持ち良い。
十三で降りて、河原町行きに乗り換えた。
最近通いだしたバーへ向かおう。うちから近いし、試したいウイスキーがたくさんある。スコッチがいいな。あそこのバーテンはとってもいい子だ。お洒落だし、音楽の話ができる。どんな些細なことにも補足や蛇足がついてきてたのしい。今夜のチャレンジウイスキーは何かな。帰るのはそれから。
西院で電車を降りたら、友達とばったり会った。
絶望モードが顔に残ってないかな。はずかしいな。不安だったけど、気をつけてねー、と手を振って、くるりと改札へ向かう私の口角はにっこり上がっていた。
うちは近い。
今夜のスコッチを試したら、うたいながら歩いて帰ろう。
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