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ふらり旅♯9(東京)

急流に飲み込まれるように人の波にさらわれて、あれよあれよと流されるうちに、自分でもわからない所まできた。掲げられるサインは複雑で、向かう場所は東か西か、はたまた北か南か。行きたい道がどこにあったのか、私にはもうわからない。

ふらり旅♯9(東京)


新幹線のアナウンスが終点を告げて、車窓から見える景色は少し前から乱立するビルで溢れかえっている。見える空はずいぶんと狭くなっていた。

到着した駅に溢れかえったコインロッカーはどれも赤いランプ、訪れる人の多さを物語っている。だれが何のために荷物を預けているのか、ロッカーのひとつ一つに詰まるそれぞれの物語を想像した。

降り立った場所からすると、マクドナルド横にあるコインロッカーが穴場のようだった。よく目を凝らして足元に書かれている文字を読まなければ、コインロッカーの存在など目に留まらないほどひっそりと存在していた。東京のサインの多さに無意識に情報を遮断していたが、しっかりと確認する必要もあるようだ。

時間と時に触れる「セイコーミュージアム」

重かった荷物から解放されたその足で、私はセイコーミュージアムへ向かった。別段時計に興味があったわけでもないが、以前から夫にセイコーの時計のすばらしさを説かれていたこともあり、「その素晴らしさを自分の目で確認してみたい…!」という思いがあった。

慣れない都会の街の中を「これが噂に聞く銀座か」と思いながら、セイコーミュージアムを目指して歩いていた。風変りなウィンドーディスプレイ、広すぎる歩道、見るからに高そうなブランドの路面店。見るもの全てが日常とは異なり、気になる物を見つけるたびに足を止めて、暫し眺めていた。そんなことを続けていたら、目的の場所にたどり着いたころには16時半近かった。(と思う)

銀座の中にそっと建つそのミュージアムは、言われなければ気づかないほど街に溶け込んでいた。

1981年、創業100周年記念事業として「時と時計」に関する資料・標本の収集・保存と研究を目的とする資料館として設立されました。

セイコーミュージアム(https://museum.seiko.co.jp/about/)

地下1階から5階まで、時計とセイコーの歴史が展示されてた。一つひとつのフロアは広くはなかったが、どの階も満足感がすごかった。競技に使われるセイコーの時計、太陰暦から太陽暦に変わったころの日本、どんな思いで日本製の時計がつくられたのか。まったく知らなかった「時計」の歴史について、あれこれ思いを馳せている間に閉館の時間が近づいてしまった。少し駆け足で5階のフロアまで見終わった私は、満たされた心と共にセイコーミュージアムを後にした。

銀座

ほくほくとした気持ちを抱えながら、銀座でもう一つ気になっていた場所「ビヤホールライオン 銀座七丁目店」へ足を向けた。18時をまわり、辺りの景色は薄墨をこぼしたような色合いで、夜の訪れを今か今かと待っていた。

ほんの数分歩いただけで、いやに時代を感じるビルが見えてきた。表に置かれたメニューを見ながら、口に一杯に広がる麦酒の味を想像してから、お店に足を踏み入れた。

高い天井、奥に鎮座する壁画、広いホールに所狭しと並べられたテーブルとイス。280席あると聞いていたがそのほとんどが埋まっていた。私は入り口すぐのテーブルに通されて席に着いたが、活気あふれる人々の声に旅の疲れがどっとでてきた私の身体は押しつぶされそうだった。

そんな思いも、数分後に飲んだ麦酒によって消し去られた。定番の味から変わり種までさまざまな麦酒が楽しめる場所で、私は白く柔らかな印象を受けた変わり種を選んだ。

白穂乃果(サッポロビール)

ビヤホールの心地よい喧騒の中で麦酒が身体にしみこみ、今日という日が休息に終わっていく気がした。手早く食事を済ませて、私はコインロッカーで荷物を回収すると、一目散にホテルへ向かった。

部屋へ入った途端に、一日の疲れが身体にのしかかってきた。紛らわすために飲んだ麦酒の効き目も切れたようだ。お風呂へ入って、寝支度を済ませると、あっという間に意識を手放した。


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