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優しい人

リョウさんが仕事に行ってしまった後も、いつものたわいないお喋りをしていると不意に、ももちゃんが口を開いた。
「ねぇ、みんなって今恋人いるの?」
「私はいないよ」
別れた元彼の顔が頭をよぎったけど本当のことだ。拓也さんは私とももちゃんの顔をちらりと交互に見てから答えた。
「…僕もいないです」 

「なんだぁ…つまんないのぉ。好きな人とかもいないの?」
冷たいミルクティーの入ったグラスに刺さっているストローを指でもて遊びながら、ももちゃんが口を尖らせる。
「今はそういう人もいないかな…」
私は少しだけ考えながら答える。恋はしたいし愛されたいけど今は新しい恋愛に行くほどのパワーはないし仕事に向かいたいし何よりも新しい恋愛をできる自信がない。

「拓也さんは?いないのぉ?好きな人」
尚もしつこく聞いてくるももちゃんに苦笑いしてうねった癖っ毛だらけの髪をかいている。
「うーん、そういうのと無縁なんです。僕って…」
黒縁メガネを指でクイッと上げた後に、ため息混じりに拓也さんが言う。

「それなら好きなタイプはどんな人?」
七瀬ちゃんからね、と言われて改めて考えてみる。好きなタイプか…。
「そうだなぁ…優しい人が好きかな」
「えー!なんか普通過ぎじゃないぃ?」
そう言われてしまえばそうなんだけど、付き合う上で優しさは大事だと思うし。

「じゃ次!拓也さんはぁ?どんな人がタイプなの?」
ビシっと指を刺されて少したじろいでる拓也さん。目が泳いでる。もしかして、こういう会話は苦手なのかな。私も得意ってわけじゃないんだけどね。

「優しい女性は素敵だと思います」
うーんと唸ったあとに何とかか捻り出したような言葉だった。
「あー!七瀬ちゃんと同じこと言ってるぅ」
おかしそうにニコニコとももちゃんが笑っている。
「っていうかぁ、七瀬ちゃんと拓也さんってなんかお似合いだねぇ」
ももちゃんが、とんでもない事を言い出した。

「えぇえ…」
驚いた私と私以上に驚いたようで言葉が出ない拓也さん。目をまん丸にしている。
「ももちゃん、それは拓也さんに失礼だよ」
先に驚きから意識を取り戻して、ももちゃんに突っ込みを入れる。ももちゃんはとんでもない事を平然と言ってくる傾向があるから時々びっくりさせられる。

「えー。七瀬ちゃんってキレイだし拓也さんのタイプっぽいなーって思ったんだけどぉ…」
人差し指を唇に押し当てて首を傾げるももちゃん。
「だって拓也さんって、ももと七瀬ちゃんなら七瀬ちゃんの方がタイプでしょ?」
ももは可愛い系だけど七瀬ちゃんは大人っぽいしどっちかって言うとキレイ系で、拓也さんはキレイ系が好きそう、と言われて暗に老けてるって言われてるのか?って思ってしまった。いや、ももちゃんは確かに誰が見ても可愛いんだけどね。

「そう…ですね。初めて見た時からキレイな人だなって思ってました」
照れたのか目線を外してメガネのフレームを手で押さえながら拓也さんが言うと、ももちゃんがニヤリと笑う。
「ほらぁ、やっぱりぃ!」
私がどう言おうかと迷ってると、すかさずももちゃんが口を開いた。
「七瀬ちゃんが言ってた、優しい人がタイプってやつに拓也さんぴったりだと思うよぉ!だってここまで本運んで来てくれたり、部屋まで運ぶって言ってくれたり優しい人じゃん!」

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