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恋はタイミングを選んでくれない

希美子さんから言われたからってわけじゃないけど部屋に戻るとドレッサーの上にユリから引っ越し祝いとして貰った香水が目に入った。
…そう。それはまさに希美子さんの言っていた私が今まで使ったことのないようなタイプの香りなのだ。

でも私はもう恋には生きない女。仕事にバリバリ燃えるって気力はメラメラ燃えてる。
それでも少し気になってしまっている自分が少し癪だった。心の中で、これはユリからの贈り物で、せっかくプレゼントしてくれたのに使わないのはユリに悪いじゃん!と言い訳しながら、さっそく手首にワンプッシュして急いで匂いをかいでみると思ったよりも甘ったるく感じた。

「うーん、ちょっと私には少し甘い…かも?」

それでも今人気らしいショップの香水なので、自分の好みドンピシャではないけどいいかと思えた。

バタンと扉の閉まる音が響いて、隣。…たぶん、右隣の住人が帰ってきたらしい。
いいタイミングだし、このまま挨拶に行くことにした。希美子さんの言っていた面白いことが頭の中でぐるぐると回っていて、少しワクワクしていた。

インターホンを鳴らしてみる。
帰宅早々に挨拶も急だったかなと思っているとすぐに中から26、7歳くらいの猫背の男の人が現れた。うねった癖っ毛だらけの鳥の巣みたいな髪に、黒縁メガネの奥で少し気弱そうな瞳がおどおどと動いていた。くたびれた白のTシャツとジーパンの全体的にラフなイメージを与える、そんな感じだった。

「あの…?」

不思議そうな顔で私を見ている。

「こんばんは。あの、今日から隣に引っ越してきた七瀬 日向と言います。これつまらないものですが、どうぞよろしくお願いします。」

ぺこりとお辞儀しながらお土産を手渡すと、ようやく私の要件が分かったのかホッとしたような顔をした。

「そうなんですね。初めてみる方だったのでびっくりしました。僕は東堂 拓也(とうどう たくや)っていいます。隣なんで気軽に拓也ってよんでください。」

「拓也さんですね。よろしくお願いします!私のことも七瀬でも日向でも、呼びやすいように呼んでください。」

仕事に生きる!と決めたばっかりなのに、希美子さんに恋で面白いことが起きそうって言われて少し期待してた自分がバカみたいだった。拓也さんは全然、私のタイプじゃないし、やっぱ希美子さんに適当な事言われてからかわれてたのかもしれない。

「あ、の…!七瀬さんって夕ご飯もう用意とかしてます?…もしまだなら一階がカフェなんで一緒に晩ごはん食べませんか?」

お近づきの印に、よかったら奢りますんで、どうですか?と聞かれた。
この目は知ってる。少し期待の入った、下心とまではいかないけど異性に対して仲良くしたい時に発せられる、あの独特の目線だった。なんだか何がツボに入ったかは知らないけど拓也さんに好意を持たれてるみたいだった。

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