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秋風を待つ

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 赤ん坊がおよそ十か月と十日を経て産まれでてきてさいしょに目撃する季節が胎内ですら経験していない季節だということを、酷やなあとか、不思議やなあとかとおもうのだけれど、だからといってそれ以上のことを考えるわけでもなく、ただおもっているのだった。おそらく冬が深まっていくころに生命になったわたしは、夏の終わりに近い秋のはじめに産まれた。先述のように換算するとほかの季節とくらべて経験値がひとつ少ないわけだけれど、足先の冷えがはじまって熱帯夜の日が減ってくるとじぶんの季節がやってきたとおもう。そうしてたいてい風邪をひく。きょねんは夏の暮れにじぶんだけのご馳走とおもって焼き茄子をたべたらひどい風邪をひいたし夫に笑われた。秋茄子は嫁に食わすな、はほんとうかもしれない。
 話は変わるのだけれど、Day2で取りあげた「愛のテーマ」を作曲したエンニオ・モリコーネ氏が七月六日に亡くなった。どうか安らかに。

30-DAY SONG CHALLENGE EX ver.

DAY5 自分の好きな季節にまつわる曲

あき【秋】
(秋空がアキラカ〈清明〉であるところからか。一説に、収穫がア〈飽〉キ満チル意、また、草木の葉のアカ〈紅〉クなる意からとも)
①㋐一年四季の第3位。天文学では秋分から冬至まで、太陽暦では9月から11月まで、太陰暦では7月から9月までの3カ月の称。太陽は漸次南下し、昼は短く、夜は長くなる。
 ㋑和歌などで、「飽き」にかけていう。
②穀物の収穫の時期。
(『広辞苑 第六版』岩波書店・二〇〇八年)

夏の終わりの長い雨/GARNET CROW

 GARNET CROW結成二十周年ということでアニバーサリー企画が立ちあがっている。MV撮影やライブなんかのオフショットが見られてとても嬉しい。彼ら・彼女らの歩みは二〇一三年の六月にとまってしまったけれど、わたしがいちばんすきな音楽はずっとこのひとたちの歌で音で詞だ。
 アニメ『名探偵コナン』のエンディングテーマにもなった「君という光」のカップリング曲にあたる「夏の終わりの長い雨」は、アコースティックギターのからっとした音が印象的なイントロではじまって、サビではコーラスが多用され、A面の幻想的な雰囲気に通じるアレンジが施されている。そういえばこの曲を雨の歌だとおもったことがなかったなと気がつく。それは〈夏の終わりの長い雨〉自体のことをうたっているわけではなく、精神についての歌だと解釈していたからだろう。
 ことばにはかたちのないものに意味という輪郭を与える作用があって、ことばがあるということは目で実際に見えるものよりもかたちがある状態だとわたしはおもっているのだけれど、たとえば〈欲しいもの位わかってるけど/ありふれた温もりを感じる術がない〉といった歌詞は、感覚を語意としてではなく、感覚を感覚のまま掬いあげていて、こんなふうにものを書けたらいいのになと憧れてしまう。こうしてこの曲について書いているいまも、わたしは音楽に意味を与えつづけて定義してしまう。それこそ、ことばになりきらないはずの情感を〈夏の終わりの長い雨/この世界で願いをうて〉と自然現象や残暑特有のうだる空気感に任せているのがこの曲の強みなのかもしれない。
 ところで、「夏の終わりの長い雨」を聴くとこのお題を考えたのつちえこさんのことをおもいうかべる。DAY23で書いたほうがよかったかもしれない。

夏の幻/GARNET CROW

 これはもうオタクの妄言なのだけれど、「夏の幻」は秋の歌だ。シングルの発売日が二〇〇〇年十月二十五日で秋だからだ。なんならわたしの誕生日よりも秋すぎるくらい秋だ。歌詞にも〈夏の終わり〉とあるし、秋になってしまったから夏は〈夏の幻〉なのである。アコースティック感が強いシングルバージョンと、音の厚みが増してボーカル・中村由利の歌声にも力強さのあるsecret arrange ver.は、どちらも軽やかさがあってGARNET CROWの楽曲のなかでもかなり聴き心地がよく、元気になれる曲調だ。
 幼いころからこの曲を聴いていたせいか、大人になって恋人ができたら喧嘩をして、仲直りを繰り返して、傍にいても・傍にいるからこそ不安になることもあるけれど、このときをいっしょに生きていきたい、とおもうような恋愛をするのだと想像していた。実際そうだったし、あたまのなかにGARNET CROWの音楽を詰めこんで生きてきたからそうならざるを得なかったのかもしれなかった。
 作詞担当のAZUKI七は大胆なルビを振ることが多くて、この曲のばあいは「生命」を「ゆめ」、「命」を「まぼろし」と読ませている。

いつか終わる儚い生命に
ただこみあげる気持ち抱いた
忘れないから…消えゆく命に
君と並んでいたね

 近ごろ、大事なひとの命がどれほどに愛おしいかということを考えては泣きそうになる。息の根をとめる方法も、事故も病気もたくさんある地球上で幸運にも生きている生命は、それでもいつかは夏の終わりに暑さが引いていくように失われていく。何事もなかったかのようにいなくなってしまう。どうしようもないことだけれど、そういうものだといって、どうして諦めないといけないのだろう。

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