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あの日の美容師さん


クリスマスになると、ふと思い出す美容師さんがいる。

3年前のイヴの日、私は好きな男の子と会う約束をしていた。夜にオシャレなバルで食事をし、その後はイルミネーションを見ながら散歩する予定だった。
まだ付き合っていないけれどお互い両想いの関係であり、私はとにかく朝から気分が浮ついていた。
「クリスマスなら絶対なにか進展ある……!」そう考え、まだ何も起こっていないのに胸をドキドキさせ、「とびきり可愛い自分を見せるぞ!」と張り切ってクローゼットのドアを開けた。


コーデはこの日のためにあらかじめ準備していた。
ゆるい白のニットに、白いマーメイドスカート。
彼の好みは”ゆるふわ系女子”だ。となったら白が一番だろう。
次はメイク。いつもより丁寧に、そして服を汚さないように慎重に。工程を重ねていくにつれ、質素な顔が華やかになっていく。
そして、最後は髪型。
これも彼の好みであるふわふわなお団子ヘアにする。しかし、不器用な私にはセットが出来ないため、美容院でしてもらうことにしていた。
そろそろ予約時間。家を出る前に、鏡の前で全身チェック。うん、いい感じ。いつもの私と全く違う系統だけど、今日は特別。
最後に茶色いショートブーツを履いて、美容院へと向かった。


「こちらへどうぞ。本日担当いたします〇〇です。よろしくお願いいたします。」
名前は忘れてしまったが、30代前半くらいの女性だった。黒髪ロングを後ろで一本に編み込み、三日月のような形の大きな目は、笑うと目尻がたれる。オシャレだけど落ち着いた雰囲気と親しみやすいオーラを持っていて、「あ、この良い人だ」と直感的に感じたのを覚えている。
「こんな感じにしてください」とスマホを見せると、「うんうん、分かりました」と大きな口をニッと横に開けて笑顔を向けてきた。「任せて!」と伝わってくるほどの余裕っぷりが滲みでていた。
サッサッと長い髪を櫛でとかし、上にあげて、まずはポニーテールを作っていく。
プロの手によって少しずつヘアスタイルが変わる様子は、「魔法使いみたいだ」といつも感心してしまう。自分とは正反対のその器用な手が羨ましい。
美容師さんとは色々なことを話した。
今の私の仕事のこと、美容師さんは去年までアメリカの美容院で働いていたこと。そこでのエピソードなどなど…
あらゆる話をしていたらいつの間に、ふわふわのお団子が頭の上に完成されていて、細かい髪の毛をピンで留めたりする作業に入っていた。
「そういえば、今日はどっか行くの?」
美容師さんが聞いてくる。
「今日は、夜にお出かけするんです。横浜まで」
「いいね〜。もしかして、彼氏と?」
「いえ、まだ付き合っていなくて友達なんですが、私、その子のことがちょっと好きで…」
「なにそれ!いちばん楽しい時じゃん!」
「だから今日、彼好みのスタイルで会いに行くんです。お団子にしたのも、以前、僕が可愛いと思うへアスタイルだって聞いたので」
「え〜それは彼喜んじゃうよ〜。どっちから誘ったの?」
「2ヶ月前に彼から。一緒にイルミネーション見に行こうって」
「あ、もう彼はあなたのこと絶対好きだよ。今日告白されると思うよ」
「されますかね?どうなんだろ…」
「されるよ。だって、可愛いもん」
フフフッと美容師さんが微笑む。
その瞬間、私は思わず嬉しくなり、ポッと体が温かくなった。
「あぁ本当に私は、今日可愛いんだ」と自信が湧いてきた。
嬉しいな。早く彼に会いたくなってきた。
ヘアセットは終了し、お会計の時も、退店の挨拶の時も、美容師さんは最後まで素敵な笑顔を浮かべていた。
あの美容師さんの魔法で、私は完璧に可愛い、ゆるふわ系女子変身した。


横浜駅には15分前に着いた。
トイレの鏡に向かって、最後の全身チェック。
スマホの画面が光り、「着いたよ」の表示。
ヤバい……緊張してきた。でも、早く会いたい!
改札を出ると、「あっ」とお互い目が合う。
「やっほ」と照れ笑いを交わしたのち、そのままバルに向かい、クリスマスの夜が始まった。



あの美容師さんへ。
あの後、無事に彼とデートができました。
「お団子すごいね。これどうなってるの?」「すごい可愛いよ、似合ってる」
とたくさん褒めてくれました。
そして、彼に告白されました。
今でも仲良く付き合っています。
あの時は、素敵なお団子ヘアと素敵なお言葉、
本当にありがとうございました。












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