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連載小説•タロットマスターRuRu

【第六話・路地裏にて】

「お待たせしました!グラスワインです」

愛想のいい女性店員が、テキパキとした動きで丘咲のテーブルにサッとグラスを置いて行った。カウンター席に座っている丘咲は、そのワインを一口飲んで味わう。

『よくわかんねぇな』

普段は会社の同期と、居酒屋でビールやハイボールを飲むことが多い。しかし、よく行くお店では会社の人間に会うかも知れないと考えて、今日はいつも行くエリアとは違う場所で、珍しくイタリアンの店を選んだ。ワインなど、まともに飲んだことがない。

そんなに酒に強くない丘咲は、ワインの強いアルコールで、喉に違和感を感じていた。店はひっそりとしている駅の裏通りにあり、女性が好きそうな、オシャレなイタリアンやバルがポツポツ並んでいる。夜は賑わうエリアだ。

実際、丘咲が入った店は、ほとんどが女性客で、店内は賑やかな話し声で溢れている。今は、これくらいザワザワしている方が、気持ちが落ち着く。

賑やかな話し声を背中で聞きながら、丘咲は、なけなしの感性でワインを味わった。続いて、生ハムが運ばれてきた。目の前のケースからフォークを取り出すと、慣れない手つきで生ハムをすくい上げ、口へ運んだ。塩気と旨味が口の中に広がる。ゆっくり噛んで味わうと、緊張が溶けていく。気持ちが落ち着いたのか、急に空腹感が込み上げてきた。

丘咲は、メニュー表を手に取り、追加の料理を選ぶことにした。ザッと眺めてみたが、本格的なイタリアンなどほとんど経験がない丘咲には、何がなんだか分からない。数分間、じっくりメニュー表に目を通したが、結局、無難なパスタにすることにした。

しかし、そのパスタも、ミートソースか、カルボナーラくらいしかまともに食べたことがない。丘咲は、メニューと格闘しながら、上から順番に目を通していく。

『トマトソース、クリームソース…オイル?オイルってなんだ。油なんて全部使ってるんじゃないのか?』

悩んでいても埒があかないので、パスタの一番上に書いてあったものを注文した。彼は、食べ物の好き嫌いがほとんどないので、大丈夫だろうと踏んだのである。

先程の女性店員が、厨房にオーダーを通すと、カウンターの中にいるシェフが、早速パスタを湯の中に放り込んで茹で始めた。次に、ソースを作るためにフライパンに油を注ぐ。手際が良くリズミカルに動いている。

丘咲は、シェフの動きに見入っていた。

調味料を入れ、木べらでリズム良くソースをクルクル混ぜる。無駄のない動きは、全く料理に興味のない丘咲でも、見ていて気持ちよかった。気がつくと、ワインを飲み干していたので、追加を注文する。ワインに慣れていない丘咲は、既に頭がふんわりとして、心地よくなっていた。

シェフが湯からパスタをあげ、最後の仕上げに入っていく。流れるように、白い皿にパスタが盛り付けられた。それを女性店員に渡すと、手際良く、仕上げにチーズを削ってかけた。丘咲の元に出来立てのパスタが運ばれてくる。

「お待たせしました。ポモドーロです!」

ツヤツヤのトマトソースが絡まったそのパスタにフォークを通して持ち上げると、フワッと湯気が広がった。丘咲は、なるべく音を立てないように口に入れると、ガーリックのいい香りが鼻を抜けていった。

あっという間に平らげた丘咲は、満足そうにワインも飲み干す。ひとときの幸せではあるが、美味しい料理で今日一日の出来事が癒されていた。会社に勤め始めてからの二年間、まともに料理を味わうことなどしてこなかった。

温かい料理は心をほぐす。

穏やかな安心感に包まれた丘咲は、実家の母の料理を思い出した。


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