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彼氏を売った女の話。

走って走って捕まった、警察に。子供の頃の鬼ごっこでもロクに逃げ切れなかったなぁ。のんきに考えている間に、私の腕をつかんだ警官は応援の無線連絡で現時刻と確保の旨を流した。

たいした悪事は働いていない、捕まった人間は口を揃えてそう言う。私だって偉い人の言う通りに、「1時間飲み放題¥5,000ぽっきり」と書かれたチラシをもって通行人に声をかけたに過ぎない。まだ誰だって傷一つ着けていない。今日は12月24日。誰もが幸せそうな聖夜に警察もご苦労なことだ。

ただ、この街ではキャッチが違法行為に当たるらしく、おとり捜査員の前に立ちはだかってしまった私は連行対象になる。ここで逃げたりすると余計面倒になりかねない。私は大人しく、交番に連れて行かれることにした。


交番に入るとガタイの良い警官が3名、女性警官が1名いた。0℃しかない路上に立つより、温かい交番の方がよっぽど心地よく感じた。パイプ椅子に座るよう指示を受ける。椅子の鉄の部分がヒヤッと冷たく脚に触れた。

女性警官は私に聞いた。

「路上でのキャッチ行為は禁止になっているの、わかるよね?あなたが誘導した店で過剰な請求を受けたお客さんが相談に来ているの。アルバイトしてるの?」

私は無言を貫いた。沈黙は金。

「特別な日にキャッチに捕まる人が出てほしくないの。今日はみんな浮かれるから。」女性警官はため息交じりにそういった。

冗談じゃない。私だってクリスマスイブぐらい彼氏と幸せに温かい場所で過ごしたい。友人のストーリーと同じように、二人でチキンを食べながら、コンビニで買った安いホールケーキをつついて、Netflixでも観ていたかった。でも金のない彼氏は、給料のバックが高いクリスマスイブにキャッチに出ると言い張った。もう私のことなど気にかけていないのだ。それでも彼氏が働くつもりなら、少しでも近くにいたい私は一緒に働くと決めた。キャッチの場所は、二人とも大通りの四つ角になった。手の届く距離にいられたことで私は満足できたし幸せだった。

そうして路上に出た日に限っておとり捜査に引っかかるなんて。バカげている。今週稼いだ金額より高い罰金が待ち構えているんだろうな。寒い中、一晩中声を枯らした結果がこれか。

「他に誰がどこでキャッチをしているのか教えて。キャッチ組織の上層部は半グレや暴力団だったりするから、あなたみたいな世間知らずの大学生は駒にされているの。」女性警官は真剣に言った。

どうやらこちらに寄り添って優しく話を聞き出そうとしてる。だが見込みが甘い。上層部が危ない人間だからこそ、私たち駒は彼らの本名なんて知らない。気にかけもしない。深入りすると危ない世界だとわかっているのだから、余計なことは知らない方が良い。情報を提供したくても、何一つ有効な情報を持っていない。


交番のドアの隙間から冷気がしみ込んでくる。交番の前はタクシー乗り場だった。ふと見ると、手を繋いでタクシーに乗り込むカップルが見えた。どうにもこうにも幸せそうなその様子。不幸な人なんて見えないくらいにお花畑な頭でいられたら良いのに。幸せな二人には交番でクリスマスを迎える私なんて見えていなかった。

自分が惨めな存在に思えて、全てがどうでも良くなってきた。七面鳥もケーキもプレゼントもなし。クリスマスを交番で迎える悪い子にサンタさんはプレゼントを持ってこないだろう。欲しいものが貰えないなら、奪うしかない。

「おまわりさん、私話す気になりました。私を捕まえた四つ角のところに、キャプテンがいます。キャプテンは飲食店・風俗店・違法賭博の案内もしています。暴力団の役職についていて、脅してくることもあります。今まで黙っていてすみませんでした。」

女性警官は急いでメモを取る。

「それで、そのキャプテンの顔と名前は?」

「ーーーーです。見た目は20代前半です。今日の服装は、ジャージにMONCLERのダウンジャケットを羽織っています。足元は黄色いスニーカーなので目立つと思います。」

女性警官はすぐに内線を取り、四つ角周辺をパトロールしている警官にその情報を伝えた。

ほどなくして女性警官の内線が鳴った。やり取りからキャプテンを確保したことが遠巻きにわかった。

「気を付けて帰りなさい、余計なことをせずにね。」と言われ、私は解放された。


終電もないし、ネカフェで大人しく始発を待とう。キャッチをしていた四つ角に戻ると、警察に連行されるキャプテンとすれ違った。私は彼を見ていたが、彼は私を見ていなかった。

あの供述のせいで、彼はこれから何時間も尋問される。キャプテンでも暴力団員でもない、ただの私の彼氏なのに。自分可愛さと嫉妬心の犠牲になったタダのキャッチに過ぎない彼は、状況を飲み込めただろうか。

その後、罪悪感と満足感にまみれた私は朝まで酒に浸かった。



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