見出し画像

積乱雲読#02『あと少し、もう少し』


この本と出逢って、読むまで。

以前、『ありがとう、さようなら』というエッセイ作品を、「カバーを志村貴子が描いた」というので買ったというたいへん不純な理由で読んだのが、瀬尾まいことの出会いだった。

『ありがとう、さようなら』は、瀬尾まいこ本人が教員であった頃のエピソードをエッセイにまとめたもので、僕自身ものすごく共感をもって読んだ記憶があった。今も大切に職場の手に取れるところに置いていたりする。

その後、小説も読んでみたいと思って買ったのが『あと少し、もう少し』であった。

にもかかわらず、この2024年になるまで大切に保存してしまっていて、おそらく5年は積んでおいたことになるのではないだろうか…まさに不徳の致すところであった。

しかも、その間に『その扉をたたく音』のサイン本を見かけて書店で購入し、さらには仕事上の都合でその『その扉をたたく音』を読むことになって、挙げ句某所で講評まで述べるとかいう行いまでぶちかましてしまい、本当に後回し後回しになってしまった。

そしてこの度ようやく、出番がやって来たという、そういう話だ。

正直に言おう。
僕はこの作品を何でこんなに長く積んでおいてしまったのかと。


あらすじと見どころ。

市野中学校陸上部の部長である桝井は、中学最後の駅伝大会に向けて足りない駅伝メンバーをかき集めて練習を始める。元々、顧問でバリバリの陸上指導者だった満田先生の代わりに顧問になった、陸上のことは何も分からない上原先生、人の目を気にしてばかりいた少し内気な設楽、金髪でタバコも吸っているやんちゃな大田、頼まれたことはなんでも引き受けてしまうジロー、プライドの高い吹奏楽部のサックス奏者渡部、そして同じ陸上部の後輩俊介。この凸凹というか、めちゃくちゃというか、アンバランスなチームで戦う駅伝大会の結果やいかに。


この小説の面白いところは、全体および各章が「現実→回想→現実」という流れになっており、さらに各章が1区から6区までの走者のエピソードになっている上に、襷を渡す者同士のエピソードにもなっているという独特の構成にある。同じエピソードの繰り返しで単調になりそうなものなのだが、一つのエピソードを全く別々の方向から、それぞれの人物の本音や隠し事などを折り重ねつつ描いていくので、読んでいるうちに物語が明らかに深まっていくのを感じる。


個人的見どころ。

個とにかく「いらつくと料理をする」男子中学生、可愛すぎだろっていう。しかも、それを成り行きで、家庭訪問に来た先生に振る舞うことになるなんてという。

そして、途中で読めなくなってしまったのが第5章(5区)のエピソード。後輩の俊介に関するもの。XやBlueskyでも書いたが、このエピソードが刺さりすぎてしまって先に進めなくなったのだ。

前述の通り、襷を渡す者同士のエピソードが描かれるので、実際は第4区の渡部のエピソードの最後の方で、思わず「は?」となってしまうやり取りがなされるのだが、作者はよくこの設定を描いたなと感心すらした。俊介と同級生の修平のエピソードは個人的に秀逸だと思う。このシーンに心惹かれる人がどれくらいいるのかは謎も謎だけど。


まとめ。

この小説に描かれているのは、いわゆる「典型的な」男子中学生である。
周りにどう思われるのかを気にしたり、自分の家庭環境に悩んだり、友人関係や人間関係に悩んだり、なんとなくモヤモヤしたりイライラしたり、成長したいと思っているかと思えば、大人になりたくないと思っていたり…そういうごく「普通の」男子中学生と、それを支える周りの大人(家族や教員や)を見事に描き切っていると思う。

あまり好きな見方ではないが、作家論的に言うならば、瀬尾まいこがかつて教員であるところが大きなポイントであったということは言うまでも無いように思う。個人的には、それが陸上部顧問になってしまった上原先生のセリフによく出ているように思う。もう一度、『ありがとう、さようなら』の方も読み直してみようと思った次第だ。

最後に。本文から。

高校に大学にその先の世界。進んで行けばいくほど、俺は俺の力に合った場所におさまってしまうだろう。力もないのに機会が与えられるのも、目に見える力以外のものに託してもらえるのも、今だけだ。速さじゃなくて強さでもない。今、俺は俺だから走ってる。

瀬尾まいこ『あと少し、もう少し』


エピローグ的、後日談的余談。

別の方のnote記事で知ったのだが、この駅伝メンバーの一人が、僕が先に詠んで、上にも書いたように偉そうに講評までした『その扉をたたく音』の中心人物だというのだ。全く気付かなかった。

作品の発表順的には、『あと少し、もう少し』で中学生だった男の子が、成長をして『その扉をたたく音』の登場するという形だ。

そしてそのnoteで、実はもう一つつながりがある作品があるのだという。
読むしかないな。


この記事が参加している募集

#読書感想文

188,902件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?