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寝ずの番

昨日の朝七時台のこと。

家族揃って病室まで見舞いに行って、嬉しそうに孫とタッチして「また明日来る」と引き上げた翌朝。

余命一年と宣告されてから10ヶ月。
朝、兄から連絡を受けてすぐに向かったが、待てばいいのに父は誰の到着も待たずに早々に一人で逝った。
元々せっかちな性格で家族で外食に出かけても一瞬で見えなくなるほど、一人さっさと先を歩くような人だからまぁ納得はできる。


病室を開けると目に入ったのは父に泣きつく母。その背中をさする兄。
ピィピィ鳴っている心電図の音でまるでドラマのワンシーンを観てるみたいだった。

なんとなく実感の湧かないまま、医師の確認作業のあと、看護師さんが着替えさせて、事前に契約していた葬儀場へ連絡、バタバタと病室をあとにした。

昨日は兄が夜通し〈寝ずの番〉をしてくれた。
僕は自宅に帰り、まだまだ実感はないけれど身体だけはそれなりに疲れていたようですぐに眠りについた。
夢に父が出てくるかと思ったが見た夢は「新作のGショックを買う」という良くわからないものだった。

今日も朝から葬儀場に来て葬儀の準備。
だだっ広い会場に椅子が並んで祭壇の前に棺があってそこで父が眠っている。
昼間に兄と二人で父の髭を剃り綺麗に整えた。
化粧はしなかったがそれなりにやってみるとなかなかの男前になった気がする。

こんなにもまじまじと父の顔を見る機会なんて今まで無かった。
投薬治療をしていた頃は抜けていく髪にショックを受け、いつもニット帽を被っていたが、治療を止めたら髪がまた生えてきて嬉しそうにしてたのを覚えている。
その髪も綺麗にしてやった。
いつもの父だ。

客商売だから、といつも小綺麗にしてカウンターに立っていた父がそこにいる。
職人で頑固な鮨屋の親父。

家ではいつもだいたいベロベロで、ビール片手に阪神戦を観ていた父。
阪神に点が入るたびにバチバチとやかましく手を叩く父が大嫌いだった。
おかげで野球も大嫌いになった。

母にきつく当たるたびに兄と僕と、僕の奥さんに怒られていた父。
時々信じられないほど無神経でクソみたいで最低な暴言を吐く父。

けれど仕事中はカッコ良くて、抜群に旨い鮨を出す自慢の父。

そんなクソ野郎でカッコ良かった父が死んだ。
尊敬と軽蔑、両方の感情を持っていた父が死んだ。


今日は僕が〈寝ずの番〉として一晩父の亡き骸と共に過ごす。
明日には骨になる。

さっきからビールを空けては顔を覗いてる。
明日にはもう会えない。
明日泣くだろうか。
骨になると実感が湧くのかな。



入院して手術すればそれなりに生きられるけど、コロナもあり母に会えなくなるから寂しい、手術は怖い、自宅に居たいと拒否。
最後までわがまま言いたい放題しよったよな。

食事も満足に出来ずどんどん痩せて声が出なくなり、代わりにどうみてもヤバそうな咳が出始めたのが二ヶ月ほど前。
無理して家族みんなで最後の旅行に行けたのがせめてもの救いか。
大浴場で兄と僕が背中流したら嬉しそうにしてたな。


今、父がいる棺の横でビール片手にこれを書いている。
棺の中からドンドンと叩いてでもしてくれたら怪談になるのかな。
とはいえ、なんとなく今は怪談を書くにもなれず、気晴らしにテレビをつけると大嫌いな野球中継が映ってる。


日本シリーズ 阪神VSオリックス
5回ウラ 6対0

見てみ、阪神日本一までもうすぐやぞ
見届けてから逝くやろ普通は
ホンマにせっかちやな
38年振りか
前は一人で観たんかな
オカンと観たか?
お兄ちゃんは3歳か?
孫と同じぐらいやな

まぁ良かったな
野球、嫌いやけどな僕は
あんたのせいでな
まぁええわ

最後ぐらい一緒に見たるわ

ビールあけよか

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