『部品メーカー残酷物語』第十話 ©99right
第十話「どいつもこいつも……」
大柄筋肉ジャージ野郎の研修が終わった後、私たち同期生は誰も口を聞かなかった。みんな黙ったまま宿舎に戻り、食事を摂り、風呂に入って寝た。
当然だろう、講師の指示だったとは言え、私たちはあれほど酷い言葉でお互いを罵りあったのだから。私たち新入社員はわずか数日前に出会ったばっかりだった。けれど入社してから何度も一緒に食事をし、話し合い、互いを知り、近い将来一緒に仕事をすることを想定し、短い間ながらもそれなりに友情らしきものを育てて来た。それを奴らは見事に粉砕してくれた。これがこの会社の人事部だった。
山奥にある〇〇自動車の研修所での最終日。
人事部の担当取締役がやって来て、新入社員全員の前で何か講演をした。やっぱり内容は全く覚えていないが、彼は最後にこう言った。
「君達に今から土門社長宛の手紙を書いてもらおうと思う。社長は君達に特別な思いを持っている。この会社を立ち直らせることが出来るのは君達に他ならないからだ……」
昨日の研修のこともあって、私は即座に「何言ってやがんだコイツ!」と思ったが、もちろん口には出さなかった。
「社長に自分の意見をお伝え出来るなんてとても光栄なことです。人事の担当取締役という職責にある私でさえ滅多に意見など出来ませんからね。貴方達が書いた手紙は全てそのまま直接土門社長にお渡しする様に指示を受けています」
「と言うことは……」と、私の頭の中にある事が思い浮かんだ。
渡された原稿用紙に私は自分の意見をビッシリと書いた。
その時点で私は、正直自動車の内装材のデザインにあまり魅力を感じていなかった。自動車部品だけでは〇〇自動車の言いなりになるだけだとも思っていた。それよりも私はこの会社の繊維製品製造技術を元に、自動車以外の分野に進出していくべきだと思っていた。例えば新幹線をメインにしてJR各社や私鉄各社の車両、さらにジェット旅客機の内装材だ。
百歩譲って自動車部品で戦うなら、他の自動車メーカーの部品も作るべきだと思っていた。事実〇〇グループの一員でありながら日本○装と言う会社は、堂々と他の自動車メーカーの部品を作っていた。だからこそ日本○装は〇〇自動車と同等の給与レベルを誇っていたし、〇〇自動車の社員達も日本○装には一目置いていた。当社もそうなるべきだと思っていた。実は日本○装の強みは特許にある。日本○装は自動車製造技術、自動車関連部品の特許、さらにそこだけに止まらず膨大な特許資産を持っている。だからこそ〇〇自動車は日本○装の部品を使うし、競合の自動車会社も日本○装の部品を使わざるを得ない。当社も日本○装を見習うべきだと私は書いた。
やるなら海外の自動車メーカーの部品だって作るべきだ。フォード・GM・クライスラー、ベンツ・フォルクスワーゲン・BMW・アウディ・オペル、FIAT・ランチア・アルファロメオ、ルノー・プジョー・シトロエン、ジャガー・ローバーくらいならチャンスはいくらでもあるだろうとも書いた。
さらに〇〇自動車グループの一員であるならば、〇〇自動車の車両の生産ラインを当社に持って来るべきだと書いた。その当時でも〇〇織機、〇〇車体、日○自動車、ア○コという〇〇グループの企業達は〇〇自動車からの委託で〇〇自動車の車両をデザインから生産まで行っていた。それなら〇〇自動車の母体であった当社に出来ないわけが無いのだ。
「とにかく池田勇人の所得倍増計画じゃないが、いつか必ず〇〇自動車の初任給に追いつき追い越してやる!」
とそう思った。
そして一番最後に人事部が行ったこの研修の問題点について、正直に思った通り書いた。もちろん取締役が言った様に私達新入社員が書いたこの手紙は 「そのまま土門社長にお渡しする」 ことになっているからだ。
その日の夕方、この三日間の研修がようやく終わった。腹立たしい三人の社外講師がそれぞれ総括の言葉を述べたが、私の中で彼らは既に切り捨てていたので何を喋っても私は何も感じなかった。マッチョ係長のことも芋洗係長のことも私はすでに心の中で見下していた。
彼等全員を、私は人として許すことが出来なかったのだ。
そして、やっぱり最後は取締役が出て来た。驚いたことに彼は開口一番、私の名を呼んだ。
私は三十年以上経った今でもこの時の彼の言葉を忘れてはいない。
「竜胆聡子くん! 立ちなさい」
そう呼ばれて驚いた私だったが、もちろん「ハイ」と言って立ち上がった。
「竜胆くんは、新聞を読んでいますか?」
私は、新聞と言うものは一部比較的まともな新聞を除いて、ほとんどがプロパガンダ機関だと思っているので、基本新聞など信用していないし、自ら進んで読むことは無い。
「いいえ 特にその必要を感じません」
「……そうですか」
取締役はちょっと間をおいて続けた。
「意見をするなら、新聞は読んだ方が良いと思います」
この時代の会社員の多くは毎朝〇〇新聞を読み、出勤してからその内容を話題にすることで上司に媚びを売るのが日常だった。出世するには何がなんでも上の人間に媚びを売る必要があるのだ。
その後私は座る様に言われたが、取締役は最後まで私以外の新入社員に声を掛ける事はなかった。ここまで書けば誰もが想像がつくだろう。
この取締役は、私たち新入社員に書かせた社長への手紙を「そのまま」社長に渡すのではなく事前に「検閲」したのだ。そして私が人事部の行った研修内容の酷さを社長に報告した事を知り、全員の前で私を吊るし上げようと考えたのである。
部下も部下なら上司も上司である。
どこまでこの会社は腐っているのか?
私は今後も一人、こう言う腐った組織を相手に戦う羽目になる。
(続く)