【R18】 永遠の三日月 ④
③はこちら
良太が入ってくると、泣きたいほどの歓喜がわたしを包んだ。
やはり彼は他の男と違う。どこが違うのかわからないけれど、確かにすべてが違うのだ。
洋輔の時と同じように、わたしはもう日野さんとは寝られなくなるだろう。
それでも構わない。良太が今ここに居てくれるなら。
しばらく正常位で動いた後で、彼は仰向けに寝た自分の上に、わたしを後ろ向きに座らせた。
“背面騎乗位” とでも言うのだろうか。こんな体位は初めてだ。
「バックは痛いんだっけ?」
「うん。でも、これはしたことないと思う」
貫かれると、ずっと奥の方まで当たっているのがわかった。角度が違うせいなのか、痛みは感じなかった。
「痛い?」
「ううん、平気」
彼は両手でわたしの腰を支えて、前後に揺すった。いつもと全然違う所が刺激されているようだった。
息が荒くなって、快感が昂まってくる。
と、突然、カクンと一瞬エアポケットに落ち込んだような感覚があって、その後すぐに痙攣が襲ってきた。
それは身体の深い所から波のように押し寄せてきて、激しい震えに耐えきれず、わたしは良太の足首を掴んだ。
自分の身体に何が起こっているのかわからなかった。
まるで大きなうねりのような波は、引いたかと思うとすぐに寄せてきて、同じような痙攣が続けて三度やってきた。
三度目には息もできず、ただわたしは彼の足に爪を立てていた。
終わった後、しばらくは腰がだるくて動けなかった。
ぐったりしているわたしの横で、良太がタバコを吸いながら言った。
「夏実、約束ちゃんと守れよ」
「え」
「えじゃないだろ。三回もいっといて」
「やっぱり、あれがそうなの」
「やっぱりって、知らないの?ものすごかったぞ、ギュウギュウ締まって」
「初めてなの、ああいうのって。わたし、セックスでいったことって一度もないのよ」
「そうなの?なんだ、俺が下手なせいなのかと、ずっと思ってた」
そう言って、わたしを見て笑った。
本当は優しい人なのかもしれない。妊娠した英利子と、あっさり結婚してしまったのだから。
でも、わたしと寝ている。矛盾していると思う。
道理の通らない優しさは、残酷なだけなのではないだろうか。
「英利子ちゃん元気?」
「ああ、元気だよ。子供の世話で、毎日大騒ぎだけどな。そういえば、花もらったっけ。お礼言ってくれって言われてたんだ」
「あの花のこと、何か言ってた?」
「夏っちゃんらしく、センスがいいとか何とか。何だっけ、チューリップ?」
「そう。白いやつね。ふうん、それならいいの」
思った通り、白いチューリップに託した告発は、彼女には通じていなかった。
もし気付いていたらどうなったのだろう。
彼は認めてしまっただろうか。わたしは良太を奪いたかったのだろうか。
残酷なのはわたしの方かもしれない。
「お前、タバコやめたの?」
彼は二本目に火をつけていた。
「やめたわけじゃないけど、あの会社、あんまり吸う人が居ないのよ。だからなるべく吸わないようにしようと思って」
そう言われてみて、今日会ってからまだ一本も吸ってないのに気が付いた。
学生時代は、男並みに一日一箱近く吸っていたというのに。
身体がようやく自由に動かせるようになったので、良太の吸っていたタバコに手を伸ばした。
フィルターにうっすらと口紅が付いた。それをまた彼が咥える。
しばらく黙って煙を吐いていた彼が、タバコを灰皿に押し付けた。
「夏実、記念品くれないかな」
記念品と言われて、初めてした夜に言ったことを思い出した。
「まだ十万人突破してないわよ」
「十万回はやってない?」
「知らないわよ、そんなの」
「初めていかされた記念でいいじゃん」
良太は二回目をするつもりらしく、首筋にキスをしていた。
わたしは期待でまた濡れてくる。
「何も持ってないわよ。会社の鍵あげましょうか。カメラでも盗めば?」
「うん」と曖昧な返事をして、濡れているわたしに手を伸ばした。今度はクリトリスではなく、中に指が入ってくる。
二度目は、良太はあまり前戯をしない。しなくてもいくらでも濡れるから、本当は最初から必要ないくらいだった。
何度か指を動かした後、彼はそれを膣よりもっと下の部分へ移動させた。指の滑る感じで、あふれ出した愛液がそっちにまで伝わっているのがわかる。
「後ろでしたこと、ある?」
「後ろって、お尻で?」
「そう。ある?」
彼の指はそこを愛撫していた。固い襞を分けて、少しずつ侵入してくる。
「良太はあるの?」
「俺はないけど」
「わたしだってないわよ。したいの?」
「うん。これどう?」
指を動かされても痛みはなかったけれど、快感とも言えないと思った。
「変な感じ」
「痛くないの?」
「痛くはないけど、よくもないわよ」
「ふうん」
指を抜くと、黙って部屋を出ていった。戻ってきた手には化粧品の瓶があった。
「本気でするの?」
「するよ」
「奥さんとすれば?」
「こんなの、お前じゃなきゃ言えるかよ」
わたしは少し怖かった。
でも良太の言葉は、わたしが彼にとって特別な存在であることを示していた。
たとえそれが、負の方向に向いているのだとしても。
わたしを四つん這いにさせると、彼は手のひらに乳液を取ってわたしに塗り付けた。いきなりの冷たい感触にビクッとする。
指先で内と外にまんべんなく塗りたくると、今度は自分の方にも塗った。
「痛かったらやめてくれる?」
「やめない」
「どうして」
「夏実が好きだからだよ」
こういう時にだけ、「好きだ」という言葉を使う。そう言われれば言うことを聞くのを知っているのだ。
わたしは泣きたくなった。
乳液で冷たくなった部分に、熱いものが触れた。そのままゆっくり入ってくる。
乳液のせいでそれほど抵抗はなかったが、痛みはあった。
引きつるような、灼けるような痛みと不快感。便意を我慢している時の感じに似ていた。
「痛い。やっぱりやめて。お願い」
「我慢しろよ」
初めて良太が怖いと思った。
同時に、彼に支配されているという喜びを、わたしは感じていた。
入口を過ぎて奥まで入り込むと、不思議と痛みはなくなった。
それどころか、彼がゆっくり腰を動かすと、異物感は甘い陶酔に取って代わった。
乳液がふたりの体温で温められた頃、快感の波がやってきて、身体中が、それこそ頭のてっぺんからつま先まで、火がついたようにカッと熱くなった。
まるで身体の中でマッチを擦られているようだと思った。
そして、さっき彼の上で感じたのと同じ絶頂感を、わたしは直腸で味わっていた。
枕を握り締めて、良太の名前を呼んでいた。
背中で彼のうめき声が聞こえた。
良太は裸の胸に灰皿を乗せてタバコを吸っていた。
わたしは彼の腋の下に頭を置いて、肩に回された左手をいじっていた。
「お前、とんでもないくらい締まるんだな。さっきのもすごかったけど、今のは死ぬかと思ったぞ」
「痛かったの?」
「ああ。ちぎれるかと思った」
あの時聞いた彼の声は、痛みのせいだったのだと気付いた。
「夏実の処女、もらっちゃった」
「うれしい?」
「そりゃうれしいよ。二度目の処女なんて、なかなかないぜ」
「英利子ちゃん、処女だったんじゃない?」
「そう、処女だったんだよ。失敗したよな」
でも、年賀状の写真はとても幸せそうに見えた。
「お前、結婚しないの?」
「相手が居ないわよ」
「そうかなあ」
なぜ良太はそんなことを言うのだろう。「好きだ」の一言で、わたしを服従させておいて。
左手の薬指には、プラチナのマリッジリングがはまっていた。
外そうとしたけれど、指に食い込んでいて動かなかった。
「外れないよ、それ。結婚して少し太ったんだ」
「幸せなのね」
「さあ、どうだかな」
そう言って、彼はタバコの煙をゆっくり吐いた。
「俺、夏実と結婚すればよかったのかもしれない」
これ以上、泣きたくなるようなことを言わないでほしい。
「美散と、じゃないの」
「美散より、お前の方がずっと好きだよ」
「奥さんとだったら?」
残酷な質問だと思った。
彼と英利子に対してではなく、わたしにとってだ。
「うーん、やっぱり子供が一番かな」
“愛” という名前の、彼と英利子に属する子供。彼と英利子を結ぶ “愛” 。
わたしも良太の愛がほしい。
彼はわたしの順位を言わなかった。
「また会おうよ」
「そうねえ」
気のない返事を返しながら、涙がこぼれてしまわないように、わたしは彼の指輪をじっと見つめていた。
Continue to ⑤