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トリカブト

「本日未明、都内の自室で人気アイドルのAさんが首を吊って自殺しました。享年21歳です」

まだ暑さの残る9月の中旬、姉が死んだ。首吊り自殺をした。享年21歳。100年時代と言われる現代、まだ4分の1しか生きていない。式場に鳴り響く木魚と啜り泣く声を聴いていると、その音とともに姉のことを走馬灯のように思い出す。
 2個上の姉は、幼い頃から絵に描いた優等生。中学校では「聖母」と異名を持つほど優しく、バスケ部のキャプテン。いわゆる陽キャそのものだ。写真部で花ばかり撮っていた俺は根っからの人見知りで、友達も少なくスクールカースト最下層。いや、そのカーストに入れていたのかもわからない。振り返るとそんな俺がいじめの標的にならなかったのは、姉のおかげだろう。必要以上に俺に話しかけてきてくれた姉。そっけなくしていた俺。姉が俺と兄弟だと知られるといじめられると思って守っているつもりになっていたが、それ以上に姉は周りに弟である俺の話をして俺を守ってくれていた。

「また花の写真撮ってるの。みしてみして。え、こんな綺麗に撮れて花も絶対喜んでるよ!」

いつもそういってくれた。ニヤつくのを我慢して、ふんっとそっぽを向く。これがお決まりのルーティーン。冷たくしていたが、俺が写真を撮っていた理由の大半は姉がこの言葉を投げかけてくれていたからだ。花を見ると姉とこの言葉を思い出す。花が凛と咲いている姿を見ると、自然と背筋が伸びる。俺も頑張らなきゃ、姉ちゃんみたいに。

 姉が高校に入学して少し経った頃、アイドルになった。オーディションに自ら応募し合格した。人を笑顔にしたい、悩んで苦しんでいる人の救いになりたい。根っからの善人だ。いつも笑顔で他人も笑顔にしてしまう姉には天職だろうと中学生ながらに納得したのを今でも覚えている。そこから姉は多忙で、練習練習の毎日。体型維持のためろくな食事は取らず、お腹が空いたら水を飲む。空いた時間があれば、ネット配信でファンとの交流。姉と家族の交流の時間は自ずと減っていたが、弱音も見せず常に笑顔だった。あの姉だからとなんの疑問も持たなかったが、一人間が働きずめで平気なわけがない。

「ごめん、ファンのみんなが待ってるから。また今度ね。」

それが姉の口癖だった。接する時間は減ったものの、姉がテレビに出るとクラスの中心にのし上がることができた。初めて同級生にちやほやされた。またもや姉に救ってもらっていた。そんなことより、無理矢理にでも一緒に過ごす時間を増やせばよかった。後悔の言葉しか出てこない。

木魚の音も止み、母の咽び泣く声だけが響き渡る。葬式は家族だけでひっそり行われていた。

「なんで‥なんで‥なんでこんなに優しい子が死ななきゃいけないの、」

その場にいる全員が同じことを思っているに違いない。言葉が出ない。もう家に帰る。もうなにも考えたくない。頭が押し潰れそうだ。

「あんた、いつでも帰ってきなさいよ」

「おぉん」

母の言葉を背に、帰路につく。もう寝よう。風呂に入る。いつもと同じ温度のはずなのにやけに冷たく感じる。腹は減らない。欲という欲が一切消え失せている。目を瞑る。瞼の裏に姉の笑顔が浮かび上がる。もう思い出すのが辛い。眠れる気配は微塵もなく、とりあえず携帯を開く。
ネットを見ると姉の話題ばかりだ。姉の死を報じる報道。姉の死を残念がるもの。姉についての思い出を語るもの。姉が死んでもなお誹謗中傷を繰り返すもの。死因の憶測を語るもの。
姉の自宅から遺書は見つからなかった。なぜ死んだのか。どうして死ななければならなかったのか。それはもう誰もわからない。姉が亡くなる前日、

「もっと自分を愛して。もっと自分勝手に生きるんだよ。おやすみ」

察してしまった。姉がなぜ死んだか。俺に何を言いたかったか。こんなメッセージを送らせてしまった自分にヘドが出る。そして、姉に心ない言葉をぶつけ続けるクソ人間どもに。死因の憶測の大半はこうだ。アンチからの相次ぐ誹謗中傷。どこに行ってもまとわりつく他人の目。流行り病における活動制限で心が限界を迎えたのだろう。と。俺もそう考えている。
姉は問題があっても一人で抱え込むタイプなのは周知の事実だ。

だが、犯人がいない。確実に存在しているのに。どこを探しても名前のないアカウント、またはもうアカウントを消して雲隠れした連中ばかり。吐き気が俺を襲う。こんな人の足しか引っ張れない連中が、人を勇気づけていた姉を死に追いやった。許せない。責任も取らず、言っては逃げての繰り返し。こんな奴らがのうのうと生きているこの現代に社会に、言いようのない怒りが活火山のように沸々と湧いて出てくる。

1週間経っても姉の死について論争が巻き起こっている。誹謗中傷について警告をならし便乗する自称評論家たち。そんなメンタルで芸能界に入るな、死んで当然だというアンチたち。そんな奴ら、全員殺してしまいたかった。時間が過ぎても俺の怒りはおさまらない。喧嘩すれば、喧嘩相手に腹が立つ。身内が殺害されたら、殺人犯に腹が立つ。この場合は、俺は誰に怒ればいい。匿名で、身分を隠して、毎日毎日、陰湿に執拗に、じわじわと精神を蝕むメッセージを、言葉のナイフを刺し続ける。何がしたい。何を求めている。考えれば考えるほど怒りが込み上げる。そして、ネットを見続けるとあるアカウントの呟きを目にした。

「ほんとあのバカアイドル死んでくれてよかったwww毎日タヒねって送り続けた甲斐があったわwwあ〜ぐっすり寝れる」

虫唾が全速力で走っていった。なんだこいつ。不快感を具現化したクソの塊みたいなやつがなにぐっすり寝ようとしてるんだ。たまたま目にしたこいつ。一体何考えてんだ。いつも何を思ってなんのために生きているんだ。何もかもがわからない。しかもなんだこの、トロール@たまに低浮上ってふざけた名前は。知らねえよお前の浮上頻度なんか。

「単純に疑問なんですが、どうしてそんなことするんですか」

気がつくとメッセージを送っていた。(ピロっ)すぐに返事が返ってきた。

「なんでって頑張ってるあいつ見てるとなんかムカつくじゃんwwあと暇だったしw」

部屋に生けていた花が横たわり、花瓶が粉々に割れる。反射的に花瓶を床に投げつけていた。
叫びたかった。声が出なかった。こいつの全てに絶望した。生きる意味とはなんなんだ。人の笑顔のために生きていた姉が、姉が、姉ちゃんが、
納得がいかない。姉が死んで、こいつが生きているこの世界線に。こういう輩はこの世の中に山ほどいるだろう。こんなやつ氷山の一角にすぎない。たとえこいつがくたばったとしても誹謗中傷がなくなるわけでも、姉が報われることもない。泣き寝入りして、ただ時間が解決してくれるのを待つだけだ。そうやってこの先、生きていくほかないんだ。そう悟った。そして、誓った。
こいつを殺してやろうと。

まずはこいつを特定しないと。こいつのアカウントを遡る。

「また遅延してやがるよ!クソが!死ぬなら人様に迷惑かけて死ぬなよな!そういうとこだぞ」

また胸糞わりい投稿してやがるよ。だがこの投稿とともにアップした写真には電車のホームの電光掲示板が写っていた。そこには列車名、番号、発車時刻、行き先、乗り場、俺が今欲しいデータのほとんどが記載されている。

「こいつ俺が普段乗ってる電車と一緒じゃんか。気づかねえとこで会ってたかもな。」

あとは、発車時刻から駅を特定する。駅の特定完了。そして、テレビで聞いたことがあるストーカーの手法。こいつが普段使ってそうな乗り場の近くに生の裸の野菜を置いていく。こんな普段からネタ探して生きてるやつには、変わったものが落ちてたら写真に撮ってすぐネットにあげるもんだと。そこから普段使用する場所、時間が特定できるらしい。
そこから毎日野菜をその駅周辺にこっそり落としていった。

「今日駅にブロッコリー落ちてたんだがwどんな落とし物だよw」
「今日はジャガイモとにんじんと玉ねぎあったwwカレー作るつもりだっただろw」

などと、まんまと引っかかって写真アップしてやがる。全部俺が仕込んだことだともしらずに。いいねが欲しいのか寒いツッコミ入れながら。おかげでこいつの行動パターンはわかった。
明日は野菜の見える範囲で張ってみよう。

今日はカリフラワーを置いてみた。特定できた時間帯の1時間前から張っていたたら、やたら周りをキョロキョロと見渡しながら歩く20代前半の男性がいた。すると、カリフラワーを見るなり吹き出して

「今日はカリフラワーかよ」

とツッコミを入れながら写真をとっていた。すかさず俺もこいつの写真を撮りネットを確認する。

「カリフラワーってwシチューに使うしか使い道ねえだろw」

案の定寒い呟きをしていた。こいつだ。間違いなくこいつがトロール@たまに低浮上だ。
明日、早速明日決行してやろう。アドレナリンが脳から雪崩のように溢れ出すのが自分でわかった。それと同時に手足は震えていた。今日の晩飯は姉と俺が好きだったいつも家族で行っていたハンバーグを食べよう。最後の晩餐ってやつかな。帰り道には、珍しくトリカブトの花が咲いていた。


実行日。雨が降っていた。雰囲気が出ていい感じじゃないか。昨日は興奮していつもより寝れなかった。だがそんなことはどうでもいい。やっと、この日が来た。毎日死にきれない姉のことを考えていた。自分で死ぬ感覚ってどんな感じなんだろう。死ぬ直前は何を考えていたのだろう。怖かったのかな。それとも救われる感覚だったのかな。やっぱ救われると思ったから自死を選んだのだろうか。死について思考を巡らせながら、駅へ向かう。

駅であいつを待っていた。心臓の音がパトカーのサイレンのように周囲に鳴り響いているんではないかと思うほどでかい。心臓の音だけではない。息も荒く、膝の笑いも止まらない。
決めたんだ。決めたんだ。決めたんだ。そう自分に言い聞かせる。
来た。あいつが来た。笑いが出る。これから地獄を味合わせてやる。体は自然と動き出していた。

「あの、これ落としましたよ」

「え、あ、ありがとうご、いや、これ僕のじゃないです」

「お前、トロール@たまに低浮上だろ」

「ちょ、え、な、なんでそれを、え」

「お前がずっとしつこく死ねだの送って自殺したアイドルいたろ。俺その人の弟。あえて嬉しいよ」

「ええ、それは、いや、その、違くて、そんなつもりはなくて」

「死んでんだよ。つもりもクソもねえだろ。お前やっぱイカれてんな」

「なんだよお前!何様なんだよ!いきなりよお!」

「姉ちゃんが死んでから、ずっと生きた心地しなかったんだよ。だからたまたまネットで目にしたお前を地獄に落としてやりたくて。」

「はあ!?何言ってんの!?勝手に死んでんだろうが!俺はなんの関係もないだろ!そんなメンタルじゃ遅かれ早かれ死んでたんだよ!巻き込まないでく

俺は我慢できずにそいつの懐に飛び込んだ。刃渡り25センチ、ホームセンターで買った包丁。
そいつが腹に突き刺さる。俺の腹に。
こいつに死を実感して欲しかった。死とは何か。生命が生き絶えることの恐怖を。
そして、目の前で人が死ぬトラウマを植え付けてこいつに生き地獄を味わって欲しかった。
目を瞑るだけで蘇る。死というものが。それがどれだけ辛いか。悲しいか。死んだほうが楽になれるんじゃないか。そんな感情に襲われる体験を。これからこいつは、味わうだろう。
目の前で自害を見て平気なはずがない。ほら、こいつ震えてやがる。恐怖してるよ。いい気味だ。

「な、何してんだよ。なんで自分の腹刺してんだよ。」

「俺は死んでお前を呪ってやるよ。ずっと。お前が生きてる限りずっと。平穏に暮らせると思うな。お前は姉を自殺に追いやった。死んで憎んでやる。忘れるなよ。」

我ながらホラー映画のテンプレみたいなセリフだが、こういうのが一番効くだろう。
ほら、こいつちびったよ。笑える。
これで俺の復讐は完遂だ。生を持って死を償うんだな。
お前は死ねない。死を軽んじているからこそ。死とは何か。よく考えるんだな。
にしても、自殺ってこんなに怖いんだ。姉ちゃんも怖かっただろうな。
はあ、意識が遠のく。ごめんな姉ちゃん。自分勝手には生きれたけど、自分のことはどうにも愛せそうにない。俺たちほんと親不孝だよな。はは。



「本日未明、●●駅付近で男性がナイフで腹部を刺し自殺しました。享年19歳でした。」



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