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†リクシタイの憂鬱†


 ──ハイ、ぼく、リクシタイ。偉大なゲイジュツカ。作品は、まだ、発表していない。無数の完成された作品と、無数の発表されていない作品があるだけだ。つまり、古代より、その力は失われてしまった。しかし、宇宙は認知している。天と地を指差す。そんなことよりも、気になることが、あるのだ。生まれる前から、ぼくには記憶があった。そして、生まれたときから、すでに、ぼくには、悪意すなわち、人や社会に対する嫌悪が明確にあった。最初に発した言葉は、「ゴミ箱じゃねぇか。ちっくしょう」だった。そう、これは呪いだ。ぼく自身の。決着をつけるための、回想の物語を書こうと思う。

     †

「わたしの友達も、絵、描いてるけど、働きながら、『コンペ、引っかからないかな』ってやってるよ。でも、結局、親の会社で、働いているけど······」

 ──え、何? けど? こんぺ? やってる? 姉さん。パパ活のこと?
ぼくは、黙って聞いていた。

 精神的に重みのない父が放った「生きてる価値ないわ」という言葉が、宙に浮いて、すぐに、消えた。

 ──屁のようだ。屁のようだ!
ぼくは、黙って聞いていた。

「結局は、世の中、金なんだって」
これが、世の中を、よく、知らないはずの、当時二十五歳の、姉が、堰を切ったように、誇らしげに、放った台詞だった。

 ──そうかもしれない。そうかもしれない。
ぼくは、黙って聞いていた。

 ──やっぱり、パパ活の話だったんだ。姉自身の活動と、絵をやりながらパパ活をやっている友人の話で、あんたママ活やって稼ぎなさいというニュアンスの話なんだ。いっちゃってるし。やっちゃってる。

 ぼくはクズ共と会話をしていたことが、耐えきれなくなって、舌を噛み切ろうとした。キッ。そのときだ、『宇宙の聖なるなにか』が、指標を示した。

 姉の夫、聖社員。父、大便企業の聖社員。
聖なる定職に、就いていなかった、聖なる下痢ぎみの、ぼくに、とって、姉の夫や父の存在は暴力(家父長制男根の暴力だ)でしかなかった。ちっくしょう。何者にも、なりたくなかった。つまり、奴隷には、なりたくなかったから「聖なる芸術家になりたい」と答えて、父に聖なる蹴りを入れられ、こたつの上で跳ね、屋根を突き破り、近くの公園まで飛ばされたこともある。その流れでぼくはブランコに乗っていた。「ぼくは、聖なる専業主婦になりたいよ」。靴を飛ばした。靴が地面に落ちるまでのあいだ、過去に言われたことが、リフレインする。

『女の腐ったようなやつ』

『橋の下から拾ってきた』

『世の中、カネ。夢を追うのも、いいけど、さ』

 今、思えば、散々な、言われようだ。こんな、僕でも、今まで、正気を保ち、生きてこられたのは、奇跡としか、言いようがないじゃあないか!すべり台の上で、ぼくは、吐血し、それを顔に塗りたくる。

 まあ、そんなことが、焼死体のように累積すれば、母に醤油差しくらいは、投げてみたくもなる。「ぼくは、戦場へ行きたくありません」聖なる手榴弾が爆発、聖なる醤油が飛散した。「あんた。その真っ赤な顔はなに?」母は聖なる涙を流していた。はは。ぼくは死にました。この苦悩には、名前がないのです。

     †

 数年が経ち、変な名前のついた、姉の子は、エアバルーン遊具のように、大きく育った。人間の子は金を吸って大きくなるんだぜ。聖なるオオタニにしようと、聖なる野球をやらせているんだぜ。

 結局のところ、ぼくは、男も、女も、嫌いだった。父も、母も、姉も、姉の夫も、ありとあらゆる子供が、あらゆる家族が、人間が、国が、退屈で、浅ましく、陰湿で、脅迫的で、嫌いだったのだ。こいつらは、いつも、的外れで、偉そうに、魂を腐らせている。

 ぼくは雲の上にいます。この世界で、ぼくだけが、正気を保っていますよ。いまだに、生きているのは、奇跡としか言いようがありません。赤子を見つけたら、カニを食べるときみたく、ちょっと、ひねってしまう、といった癖は治りませんが。むふふ。父さん、カニ好きでしたよね。げぇ。ぼくは嫌いでした。

 夢をみました。スカスカの材料費削減された黄色い洗濯かごで、母を殴打していた。はは。古い心の問題を解放していないと、こうなるので、諸君も気をつけたまえ。

 世界はとっくに失くなってしまいました。気づいていませんか?

笑って生きよう。笑って生きよう。
脳みそ筋肉の歌をうたおう。
できる。できる。できる。
これが正しい歌なんです。
権力者とは上手くやって。
大丈夫。大丈夫。もう一度やりなおそう。
変わるんだ。変わるんだ。生まれ変わろう。

 両親がつまらない洋画を見ながら、セックスという、つまらないスポーツをして、できた子どもたちが、身体だけ大人になったころ、テレビのバラエティ番組を見ていた隙に、なにか、よくわからないものが、セカイを覆った。えぇっと、えぇっと、なんだったっけ? まえになにかあったと思ったんだけど。思い出せないからいいや。嘘つきな人々ピーポーピーポーと救急車のサイレンが鳴り響いて、轢き殺していった。そして、とてつもなく大きな音、衝撃。

たくさん死んだ。たくさん死んだ。
多くの蜂たちのように。
狂って死んだ。
連帯した無知によって。

 と、まあ、こんな具合だ。今から、思えば、とても莫迦らしく思える。ぼくは、いつでも、どこでも、とくに意味はないが、安眠のために、もらえる睡眠薬を枕の下に溜め込んでいる! 額の上においてみた。嗚呼、月が見える······





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