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ねこ目線とひと目線


名もなき猫です

 ワイ、ネッコ。
 都会の片隅に産み落とされて、きょうだいをカラスに突っつかれて失いながらも生き残った。
 せやけど、もうアカンわ。
 狩り上手くないねん。
 乳飲んどる時は良かった。
 それで満たされた。
 寒い時も寄り添っていれば温かった。

 きょうだいが減れば減る程寒いねん。
 体は勿論、心も寒いねん。
 そんで、おかんが態度で示すんや。
 さっさと独り立ちしろ、そう示すねん。
 せやから、しゃーなしやね。
 おのが肉球で、冷えたコンクリを蹴って旅立ちやわ。

 まあ、食いもん得るんは簡単やないね。
 いっくら食い倒れのまちゆうたかて、生まれてちょっとの弱者ははじかれるはじかれる。
 明るいうちに人間にこびりゃあええんやろけど、それも縄張りあるねんな。
 ああ、腹が減ったわ。
 でっかい奴らの食い残しでもねぶるか。
 幸い、水分は雨が降り続いて困らん。
 毛皮が濡れて寒いけどしゃーなしや。

 雨間に見上げる夜空は綺麗なもんや。
 昼間中、雨やったから余計に有りがたいわ。
 人間さんは、星に願い事するっちゅうけど、叶うんかね。
 まあ、願うだけならただや。

 食いもん、食いもん、食いもん、食いもん。
 安全なとこ、安全なとこ、安全なとこ、安全なとこ。
 ぬくい毛、ぬくい毛、ぬくい毛、ぬくい毛。

 アホらし。
 お星さんに願って叶ったら苦労せん。
 起きていても腹減るだけや。
 体冷えて動かんし寝よ寝よ。
 色々考えるんは温かくなってからや。

毛玉を見つけた人間 

汚い毛玉を見つけたので連れ帰ることにした。勿論、周囲に他の毛玉が居ないか念入りに観察してからだ。
 汚い毛玉は、公園のベンチの下で動かなかった。快適さとは程遠い、固く冷たい箱に詰め込んでも動かなかった。
 ひとまず連れ帰り、あつい湯に浸け込んで驚かす。情けない声を漏らして抵抗を試みたが解放はしない。のぼせるまで、浸けこんでくれよう。

 汚い毛玉からは、何とも形容しがたい出汁が出た。毛玉がのぼせる前に湯が温くなったから、別の手桶に熱々の湯を注いで浸けた。まだ出汁が出た。
 湯が温くなる度に浸け直し、出汁が出なくなるまでそれを繰り返す。出汁が一切出なくなり、毛玉が柔らかくなったところで解放する。ハハハ、もうお前は唯の出がらしだな!

 毛玉がのぼせてぼーっとしているうちに、手近にあったタオルで拘束する。小さい毛玉め、フェイスタオルで十分拘束出来たわ、ざまあみろ。
 出がらし毛玉をカサカサ言う新聞の上に乗せる。勿論逃げられないように段ボールでしっかり囲んである。
 段ボール城塞には、濡れるのを嫌がる毛玉を逃がさぬよう、平たい皿に水を注いで置いておく。当然、ひっくり返されぬよう、重さのある陶器製だ。

 毛玉が鳴き出したので、生臭い変な色のペーストを口に突っ込んで黙らせた。変な声が毛玉から漏れ出している。その声が何であるか確かめる為にも、沢山突っ込んでやるべきだろう。
 変なペーストを沢山口に突っ込まれた後、毛玉は動かなくなった。しかし、油断は禁物だ。逃亡を防ぐため、毛玉にしっかり毛布を被せ、段ボールに蓋をする。この間に、毛玉へ更なる苦痛を与える為、調べ物をしておく。

 そう、汚い毛玉を我が手中へ収める際の通過儀礼があるのだ。それは何時でもやれる訳ではなく、幾らかの準備が必要だ。焦ることはない、毛玉は逃げられないし、経験上まだ通過儀礼をするには時間ではないのだ。

何か知らんが生きとった

 なんや温かいおもて目ぇ開いたら知らん場所に居たわ。
 しかも体濡れとるわ。
 でも温かいのはええな。
 それにしてもなんや、視界の端にくっろい太い毛がチラついとる。
 ごわごわして痛そうやな。
 ああ、ダメや温くてどうでも良くなってきたわ。
 気づいたら、口になんか突っ込まれたわ。

 あ、うまっ。
 これ旨いわ。
 ここ天国ってやつか?
 うまっ。
 それにしてもこれ旨いわ。 
 こんなん、今まで食ったこと無いわ。
 うまっ。

 知らん間に寝て、ほんで起きたらまた知らん場所やったわ。
 まあ、腹いっぱいだし温いからええわ。
 寝よ。
 そんで、寝て起きたら、また旨いもんもろたわ。
 なんやここ天国か。
 そんで、ワイが神様か。

嫌な匂いに満ちたかの地へ行こう

 夜が明けて暖かくなってきた頃、毛玉を我が手中に収める為、儀式に向かうことにする。間抜け面でねこけている毛玉を、無機質な容器にぶちこんで閉じ込める。勿論、安くはない容器を汚されない様、布を敷き詰めてある。

 フフフ、ハハハハハ!

 これから何をされるかも知らずにねこけておるわ。哀れな毛玉よ!
 目的地に到着すると、動物たちの悲鳴が聞こえて来る。喉を刺激する嫌な薬品の匂いがどこからともなくやってくる。毛玉よ、お前も直ぐに泣き叫ぶ側に回るのだぞ。そんなに容器の中で無防備に寝ていて良いのか?

 だが、こちらとしては好都合だ。毛玉を容易に切り裂き、突き刺し、何ならつるっぱげにする無情な奴らへ簡単に手渡すことが出来るのだからな。そして、奴らに手渡されたら最後、貴様は痛みと恐怖を味わうことになるのだ!
 毛玉は、ゴム臭い手袋越しに色々触られ、穴と言う穴を調べられた。フフフ、困っておる困っておる。さあ、泣いて叫んで震えるが良い。そうして、助けを求めて我が手中へ飛び込むが良い

 あ、やめろ、先生を噛むな。ちょ、漏らすなって。ああああああ、先生の手が滑っ……ちょ、おんまえその体のどこにそのエネルギーが有ったんだよおおお!

 ふう、取り乱してしまったが確保完了。小さい毛玉に出来ることなど、せいぜいシャーシャーと音を出すことだけだ。そして、そんなのでは人間様は驚きすらしない。

健康診断と尻

 気づいたらしらんとこ居たわ。
 しかも、なんや色んな匂いや音がするねん。
 そいで、なんや臭いのに捕まってあちこち触られたわ。
 気持ち悪、気持ち悪……やめーや!

 臭い奴は、いっちゃん臭いとこになんや入れてきたわ。
 そこ、入れるとこちゃうで、出すとことやで?
 って、言うたんに聞かへんわ。
 仕方ないから逃げますわ。
 すばしっこく飛びまわるカラスに比べたら、逃げんのは楽。
 やけど、多勢に無勢、直ぐ捕まってもうたわ。

 それからはもう、屈辱の連続やったわ。
 もう、忘れたいわ。
 二度とこんな目ぇには遭いたないわ。
 嫌な場所とは違う匂いんとこ非難して、威嚇したったわ。
 したら、皆居なくなったわ。
 ワイの恐ろしさが分かったんやな。
 暴れて疲れたし寝よ寝よ。

 なんや、なっがい夢を見ていた様な気ぃするな。
 ああ、でもなんかくっさいわ。
 毛繕いせんとアカンな。
 ああ、でも旨いもんが降ってきたわ。
 食ってからでええか。
 食ったら顔汚れるし。

 なんや、前のんと味違うな。
 いや、旨いっちゃ旨いねん。
 でもな、なんか物足りないねん。
 ま、空腹やし食うけどな。
 食える時に食う、これ基本な。

 そんで、食うもん食って匂いを消して、したら寝るわな。
 動けば腹が減る。
 腹が減って動けなくなる前に飯を探す。
 飯が降ってくるこの場所で、無駄に動く必要なんてあらへんねん。
 ああ、地面ふっかふかやなあ。
 こんなん、今まであったか分からんわ。

嫌がらせは続く

 会計の際、末永く虐めたおす為、健康に良いフードを購入した。勿論、美味しくなくて、評判が悪いと注意されたものだ。帰宅した後、早速毛玉に与えてみる。フッ、不味い飯を食っている。ハハハ、愚かな毛玉め、それで健康になってずっと虐められ続けるが良い。

 毛玉め、痛い目にあったくせに無防備な寝姿を曝しておる。アホめ、アホな毛玉め。今日の嫌がらせが、今回だけで終わったと思うとは!
 儀式を済ませた後、毛玉は人間様の食い物を要求してくることがあった。しかし、くれてやるものか。毛玉には、味の薄い不味い飯がお似合いだ。

 爪を立てても無駄だ。小さい毛玉の爪程度、大したダメージにならん。貧相な鳴き声を出しても無駄だ。毛玉、既に臭い飯を食っただろう。無駄な肉を付けさせる程、甘くは無いぞ。

バイバイ、にゃん玉


 毛玉の牙が逞しいものに変わった頃、毛玉の威勢を潰す儀式を行うことにした。先ずは、儀式を行うために呪医に連絡を取る。アフリカンな呪医かどうかは構わない。

 儀式が行われる前、毛玉を絶食させる。これは、儀式を行う際、胃の中のものを戻して、儀式を中断させない様にと呪医から注意を受けたものだ。
 何かを察して逃げ腰の毛玉を捕獲し、儀式場へ向かう。儀式場に着いたら呪医に毛玉を渡し、全てを呪医に委ねた。後は、呪医に呼ばれる迄待つだけだ。専門知識の無い身では、これ以上やれることは無い。

 儀式が終わり、虚ろな目をした毛玉が返された。儀式の影響で、真っすぐ歩くことすらままならない様だ。しかも、動きにくそうな装飾までつけられている。

何か大切な物を失った猫


 寒いんのと、腹減って惨めな気分になるのんとは大分おうてへんな。
 旨いかは別にして、飯が食えん日は無かった。
 狩り、元から上手無いけど、あれ以上鈍ったらもう自力じゃ食えんな。
 ま、そん時はそん時か。
 たまーに、なんやフワフワしたもんで練習するけど、そん位や。

 アカン、明るくなったら食うもん出て来るのに、今日は出てきぃひん。
 あれ、昨日もなんや回数少なかった気ぃするな。
 なんや、ここに居れば腹が痛くなるまで食えんことはないおもたんに。
 まあ、でもあれやで、攻撃されないんには変わらんな。
 やけど、あのつるっとした箱は嫌や。
 こん中入ったら、またケツ探られるやんか。
 嫌や、そんなん嫌や。

 やけど、必死に叫んでも無駄やった。
 ケツは探られんかったけど、代わりになんや痛いことされたねん。
 でも、その後の記憶が無いねん。
 しかも、ケツの近く痛いねん
 痛いんのも嫌やけど、首回りもなんかうっざいねん。

 なんやこの良く分からんもんは。
 これ、歩き辛いねん。
 痒くても顔掻けんねん。
 毛繕いも出来んねん。
 ただ、久しぶりに食った飯は旨かった。

タマが取られた猫は大体でかなるで


 タマを抜かれた毛玉は、どんどんでかくなっていった。しかし、タマを抜かれてから、喧嘩を売って来ることは無くなった。哀れな毛玉め、もう貴様は野生では生きていけぬ。フフッ、食わせてもらわねば、生きていけぬ哀れな毛玉よ。

 それも、与えられるのはカサカサ言う不評な飯ばかりだ。しっとり濃ゆい味の食べ物など、そうそう食わせてなどやるものか。

 哀れな毛玉め、たまに与えるちゅるっとした食べ物に目の色を変えておるわ。哀れじゃのう。外に逃げさえすれば、他の食物を得ることも可能だと言うのに、タマを抜かれてからは外を眺めるだけで満足している。

 フハハハハ、運動不足で腹がたるみきっているではないか。その体では、もう呪医から逃げるのもままならんだろうな!
 だれきった柔らかな毛玉め、爪を研いでも当たらなければどうにもならないのだぞ!

それでも別れの時は来る


 毛玉を捕獲し、虐め始めてから二十年が過ぎた。ちょっと虐めすぎたかも知れない。虐め続けられた毛玉の毛はボロボロになり、あんなにももっちりしていた腹からは贅肉がこそげ落ちでいた。

 それでも、呪医に連れていく際は抵抗し、不味い飯に対しては文句を言う。全く、どれだけ虐めてもめげない毛玉だ。

 これまでずっと、二十年も虐め続けてきた。だから、もう許してやるよ。
 食べられるなら、湿ったこってり飯だって許してやる。ただし、呪医が許したやつだけだ。

 呪医に抵抗するならすれば良い、それが出来るのなら。

 それから、それから……もう、好きなようにすれば良い。生きたいように生きろ、もう虐めるのは飽きたんだ。
 虐めたおして二十云年、毛玉は静かに冷たくなっていた。いつか来る、それは分かっていた。だから、泣きはしない。泣いても毛玉は戻って来ない。そう、これは、涙じゃない。

 最期の苛めとして、毛玉を高温で焼くことにした。勿論、自分は安全な場所から、焼くのは専門の者に任せる。

毛玉が骨になってから

 ああ、こんなにも小さくなっちまって、なんて可愛そうな毛玉なんだ。これじゃあ、もう、虐められないじゃないか。これから何を楽しみに生きて行けと言うんだ。
 毛玉が骨になってから、ずっと虚ろな日々を過ごしてきた。虐める相手が居ないってのは、どうしてこんなにもつまらないんだ。

 食べ物が美味しくない。喉が詰まる。毛玉の居ない布団では良く眠れない。何故だ、何故、こんなにも苦しい。

 たかが毛玉じゃないか、ただの毛玉が居なくなっただけで、どうしてこんなにも辛いんだ。なんで、どうして、こんなにも苦しいんだ。

その時まで

 首の回りんのはその内無くなった。
 やけど、なんや痒いわ。
 それまで掻けなかった分、なんや痒いわ。
 でも、ま、寝たらどうでも良くなる程度だったわ。
 あれ以来、飯が出てこないこともあらへんし、不満無いわ。
 食いもんと安全なとこ、星に願ったことは叶うもんやな。

 ま、たまーに嫌な目にも合うけどな。
 かったいせんまい所にむりくり入れられて、くっさい処に連れてかれんねん。
 しかも、嫌なこと色々されんねん。
 ただ、その後は旨いもん食えるからプラマイゼロやな。
 ややマイナスやけど。

 やけど、何時からか嫌なところに連れていかれることが多なったねん。
 しかも、体がだるくて抵抗出来ない時を狙ってや。
 なんや、ワイ悪いことしたか?
 そりゃ、確かに食いもんには困らんし、何も考えんと寝られる時の方が多いけど。

 そんなことが続く内に、どうにも体が動かなくなったわ。
 あないに楽しみにしとった飯すら食えん。
 眠りたくても眠れへん、息が上手く吸えんからや。
 苦しい、めっちゃ苦しい。
 なんやこれ、ワイ、死ぬんかな。
 嫌な所に連れてかれて、少しだけ楽んなったわ。

 でも、分かるねん。
 もう、ワイに残された時間は少ないんやなって。
 理由は分からん。
 でも、なんとなしに分かるねん。

 ある日、飛び切り旨いもんを食って寝て起きたら、体が軽かったわ。
 そんで、むかーしに見た空が近くにあった。
 何時から、こんな風に空を見なくなったんやったか。
 まあ、ええわ。
 難しいことを考えても無駄や無駄。
 わやんなんねん。

猫型の穴

 あれから、気分転換にと散歩を勧められ、特に行く場所も決めずに歩いていた。綺麗な筈の景色はただ目に映し出され、それがそこに在るものとしてしか脳が認識しない。毛玉を失ったその日からずっとそうだ。

 単純な作業は出来るし、慣れ親しんだ仕事もこなせた。しかし、笑顔がないと注意はされる。そんな気持で歩いているせいか、子連れの人は子供を連れて離れている様だ。
 子供が多いと思ったら、いつの間にか公園に来ていた様だ。公園は木陰以外日当たりが良く、初夏の日差しが様々な遊具を照らしていた。

 その日差しから逃げる様に、公園の端に置かれたベンチに座る。遊具からは離れていてボロボロで、子供連れは座らないだろうベンチだ。
 ベンチに座って背中を丸めると、何故か涙が浮かんできた。泣き顔を見られぬよう、更に背中を曲げて顔を下に向ける。涙を拭うハンカチなんて、持ち歩いていない。

 ああ、でも駅前で配っていたポケットティッシュなら有った。何時か使うだろうと貰って鞄に入れたままだった。鼻も湿ってきたし、今それを使うべきだろう。

 ティッシュを取り出そうとしたその時、足元で何かが動いた。霞む目で足元を見れば、痩せこけた毛玉の姿。どうやら、ティッシュではなく食べ物を出したと勘違いしたらしい。

 貧相な毛玉は必死に哀れな声を発している。掠れた高い声で、何かを必死に訴えている。そうか、お前はそんなにも虐められたいか。

 分かったよ。だったら、お望み通り――

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