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たぶん、長いことあなたに伝えることばを探してる #note08

「私、話すのがとても下手なんです。」
毎日飽きもせずに文章を綴る人間がそんなこと言ったって信じてもらえないかもしれないが、私は正真正銘のコミュニケーション下手だ。

自己紹介してください。と言われても名前と年齢くらいしか言えないし、心を許せる人と許せない人とではまるで別人のような振る舞いをしてしまう。
何も考えず気楽に話せる友人に対しては話題があっちゃこっちゃ行ってなんの話をしていたか最終的にはわからなくなるし、ビジネスの場では結論と論理ばかりを武装して「怖い人」と言われてしまう。

だから台本が必要だった。
明日初めて会う人、これから行われるミーティング、そのすべてに対して入念なシミュレーションを繰り返し実施し、先に何パターンもの台本を脳内で用意しておくのだ。
言葉を間違えないように、諳んじれるまで頭に叩き込む。それでいて余裕があればユーモアも加えられなくてはならない。

当然、人生の全ての場面で通用はしない手だが、私の中のシナリオライターは20数年の勤務でどんどん優秀になってきている。瞬発的にこれまでの経験から汎用できる台本を脳内の引き出しから引っ張り出し、ビジネス的な場面ではその場で台本をリメイクして私に読ませることまでできるようになった。

それはどうやら周りの人間からみると「異様に頭の回転が速い」と映ることもあるみたいだが、それは全くもっての虚構だ。私は脳みその中にサンプルがない場面には何も対応できないのである。

だからこそ毎日様々なシーンの脚本を、顛末を脳みそに溜め込むし、何度も即興台本を書く。非常に頭が疲れる。
そのせいかいつも甘いものばかり齧っているが、端から脳内の台本作家様が糖を攫ってしまうので、血糖値は一向に上がらないし、常に健康診断のBMIや体重測定枠では「低めなので要注意経過観察を」だ。

そんなこんなで私は、私が本当はおバカさんだと知っている人の前以外では常に気が抜けない。
飲みの席では酒の量はそこそこにするし、オンライン会議では「面白いね!」なんて笑いながら、手元は常に会話の内容をキーボードに叩き込んでいる。

でもこうして文字を書くことは好きだ。
文面なら発言を何度でもやり直せる。まるで一人芝居だ。
気に入らない言い回しは消せばいいし、感情を忠実に再現できていないと思う表現は何度だって調べながら修正ができる。

私は文字を書くことで、多分、話す練習をしている。
小気味の良いテンポの言い回しを、つながりの美しい単語の順序を、作曲家がコード進行を覚えるのと同じようにストックしている。

大ヒット曲なんて産むつもりは毛頭ないけれど、せめて目の前のあなたには誠実なことばを届けられるよう、今日も私は一人芝居を繰り返す。