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宮部みゆき作『神無月』を語る 其の弐

                         photo by Osamu137

交互に展開する二場面

居酒屋【岡っ引きと店の親父】と裏長屋【病弱な娘を抱える大男】を、どう表現し分けるか。肝は、地語りの設定だ。

岡っ引きはふた月に一度、居酒屋で親父を相手に長い酒を飲む。それが何年も続いている。彼がいつも腰かけるのが、飴色の醤油樽。これは、きっと九十九神だ。これこそ二人を語るに相応しい存在だろう。この樽が、岡っ引きと親父の様子を観ながら話していく。

一方、九尺二間の裏長屋。瓦灯の点して大男が縫物をしている。男のすぐそばには、八つになる小さな娘が眠る。幼い頃から身体が弱く、ほとんど寝たきり。母はこの子を産んだ時に亡くなっている。娘の治療には父の生業では賄えぬ金が必要だ。父子の不憫な姿もさることながら、亡き母の無念たるや如何ばかりかー。裏長屋の片隅に座り、いつも彼らを見守っているに違いない母が「あんた…、おたよ…」と彼らの様を語っていく。

狂言回し

居酒屋で話す岡っ引きは三十歳代、解けない謎に混乱の態。相手をする親父(六十をとうに過ぎている)が、こんがらがった糸を少しづつほぐしていく。

作者の宮部みゆきさんは、岡本綺堂の『半七捕物帳』をバイブルのように愛す。北村薫さんと共編で『読んで!半七』、『もっと!半七』というアンソロジーを出しているほどだ。その半七親分へのオマージュを込めて生み出した宮部さんのキャラクターが、『本所深川ふしぎ草紙』『初ものがたり』で活躍する回向院の茂七親分だろう。この茂七親分の若き頃、年に一度必ず神無月に起こる不思議な押し込みに出くわしたら、どれほど頭を悩ませることだろう。若さゆえの熱さ、そして、心を許せる存在である店の親父を頼りにする様子も描いて行こう。

居酒屋の親父は、ある意味美味しい役どころ。脛に傷を持つ過去を背負っているのか、あるいは、自らも十手を握っていたかー。後者を取ろう。茂七親分が老境に入り、若い岡っ引きを導く姿だ。

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