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【1700字】バイリンガルギョウザ【毎週ショートショートnote】

『餃子の王手』
これは、フードサービスを得意とする我が社の新規事業だ。すでに成熟している餃子専門店市場に殴り込みをかけようと役員達の肝いりでスタートしたプロジェクトだった。

今日はその目玉となる商品開発のプレゼンの日だった。開発部から提案されるアイディアが役員会で諮られる。開発部からは3人が送り込まれた。アイディアは3つか。げっ!その中にヤツがいた。

ヤツはまだ若いのになかなか役員ウケが良かった。ヤツはその出で立ちからして異彩を放っていた。ヤツのスーツのジャケットにはこれでもかというほど強調された肩パッドが入っていた。たまにダブルのジャケットの時もあった。そしてパンツは二つもタックが入っておりゆったりとしたシルエットだった。そしてそのスタイルの女性版のシルエットはたしか〝ボデコン〟と呼ばれていたはずだ。

ヤツの髪型は全体的にボリュームがあり、とくに前髪をかき上げる仕草が特徴的だった。後髪が異常に長いこともあった。〝ウルフカット〟だ。そして一時期はもみあげを完全に刈り取った今時絶対に見ない髪型にしていたこともある。〝テクノカット〟だった。当時は床屋にいくと〝テクノにする?〟とよく聞かれたものだ。

社内でヤツはどうやら過去からタイムスリップしてきたらしいと噂されていた。3年前新卒で入社したらしいのだがここ30年ぐらいの記憶が無いらしかった。実際ヤツは携帯電話を知らなかった。見事に適応したらしいが、黒電話からいきなりスマホに乗り換えたようだった。ヤツと話していると生年月日もたまに間違えるらしい。

そんなヤツがなぜ我が社にいるのか?面接をした担当官がヤツの懐古趣味にノックアウトされたのだ。役員達も面接官も50代から60代の年齢だった。20代の若者が80年代さながらの生活スタイルということで役員達の記憶に残っているある情緒を刺激していた。〝私をスキーに連れてって!〟か。

今日もまたヤツの独壇場なのか!

私も50代の後半だが、他の役員と違って80年代に特別な思い入れなどなかった。私も彼らと同じように20代を80年代で過ごしたがバブルの恩恵を受けることはあまりなかった。確かにバブルの時代は底抜けに明るかった。怖いものなど何もなかった。毎日がお祭りだった。今の若い人達があの時代を知らないのはちょっとかわいそうな気がする。


「次は『バイリンガル』が来ます!」

いや、来ないって!
ヤツのプレゼンが始まっていた。

ヤツにとっては新鮮な言葉かもしれないが、「バイリンガル」なんて使い古されて手垢が付きまくっているんだ。

「主音声と副音声と解釈することで、シズル感が強調されて・・・」

いや強調されないって。そもそもシズル感って・・・

周りの役員達を見ると身を乗り出している。
やれやれ。今風の表現を借りればヤツの存在や言葉遣い自体がアラ還のオジサン達にはエモいのだ。困ったものだ。情緒に流されてはいけない。経営陣にはしっかりして貰わないと。

結局いつもどおりヤツのプレゼンが通ってしまった。ヤツが出てくると全戦全勝だ。

そして「バイリンガルギョウザ」が新規事業の主力メニューの一つに決定した。

餃子を焼くのには癖のない〝こめ油〟がいいとされる。だが、「バイリンガルギョウザ」ではごま油とアボガドオイルを選べる仕様にした。あえて癖や風味の強さを売り物にしたのだ。そして焼きたてを提供するにあたってその焼き上がりのはぜる音も売り物にした。

Smoke pointといって油が燃えて煙を出し始める温度があるのだが、ごま油や、アボガドオイルではその温度差にかなりの開きがある。温度差の違いは油の粘度でも変わってくるため当然焼き上がりのはぜる音にも違いが出てくる。あえて「バイリンガルギョウザ」ではそこにもこだわったのだ。

これが「バイリンガルギョウザ」の誕生秘話だった。

実際に提供が始まると通常のノーマルな餃子と差別化するために、餃子の底面には「Eat me!」と焼き印が押されることになった。


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https://note.com/tarahakani/n/n13806f4b6945

後日談
そしてヤツの近況だ。ヤツが最近提案した新しい餃子にニンニクやニラを強化した「バイアグラギョウザ」がある。空白の記憶を埋めようとしてたのか、ようやくヤツも2000年代に追いついてきたようだった。その調子でなんとか昭和から令和に早めにキャッチアップしてもらいたいものだと思う。

筆者談
〝ごま油や、アボガドオイル〟のくだりはかなり怪しいです。事実かどうかと問われれば、はぜる音のあたりだいぶ筆者の想像が入ってます。ご承知くださいませ~(T.T)








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