月とオドリコ
↑この動画のコメント欄に「文豪ニキネキ、和風な小説をはよ!」的なコメントがあり、触発されて書いたものです。
流しながら読むと、より雰囲気を楽しめます。
「月とオドリコ」
湯につかった後、暖簾をくぐると少し暗い回廊に出た。
まだ少し檜の香りがする。
自分の出てきた暖簾のかかった横に、薄く壁を隔てて女湯がある。私は誰かに見られているようだったが、それは誰なのか、また、どこからの視線なのかはわからない。少し、胸がざわつくのはその為だろうか。一度息を大きく吸い、深呼吸をした。少し胸がざわつくのを抑えて、外の景色が見える廊下に続く方へと歩き出した。
この宿へ来た経緯は、宿のすぐそばにある山のお社へ用があったから。毎年、この季節になると挨拶をしにここへ来る。この大きな屋敷の造りには、境の意味を持つ模様が彫られた柱が何本もある。廊下の床は、多くの人が踏んできたと見て取れる褪せ方をしていた。想像以上に長い間使われているようだった。
壁のある廊下を抜けて角を曲がると、宴に使われる大広間のある廊下に出た。ここには壁がなく、外の空気に触れることができる。今日の夜は良く晴れていたが、宴の客は入っておらず、大広間は人の影すら映っていなかった。青白い月の光が廊下まで届いた。風の匂いは、少し新緑の匂いがした。
「此処にいたのかい。」
声のする方には少女が一人、立っていた。私は返事をしなかった。
「連れでも待っているのかい?」
言葉尻は柔らかく、また、からかっているようでもあった。この世の者ではないと思った。
「連れはいない。私一人だけ。」
「湿っぽい言い方をするね。」
「本当のことを言っただけさ。」
「ふぅん。まあいいや、おまえさんどっから来たのさ。」
「どこって。西のお社からさ。用があってここに来た。」
その用は済んだ。しかし、急に何かを忘れてきたような感覚に襲われた。
「健気だねぇ。でも、どうせ覚えちゃいないんだろう?」
なぜか、先ほどから話が通じないような気がしてやまない。しかし、この少女の言う事は図星を指しているようで、私はチクチクと針で刺されているようだった。
「なぁ。この近くで、人に悪戯を図る”オドリコ”とか言う外れ者がいると聞いて来たんだが、君は知っているかい?」
「さぁ、手前は何も知りやしないよ。」
なぜか拗ねたように言い放った。何かを隠しているような、こちらの様子をうかがっているような、そんな口ぶりにも聞こえた。
少しの間、夜虫の声が私とその少女の間を取り持っているようだった。
「…本当に忘れたのかい?」
風に靡いて見えたその布の面の奥は、少し、悲しそうに口を結んでいた。
その少女の足元も月の青白い光に照らされていたが、影はなかった。
忘れていたが、私は彼女を知っているような気がした。
*
冒頭の埋め込みをyoutube上で見ると、
コメントでも「月とオドリコ」が読めると思います。
初の試み的な形で、音楽を聴いて見えた景色を書いてみましたが
いかがだったでしょうか。
楽しんでいただけていたらうれしいです。
急いで書いたものなので、良い文章かどうかはさておき
雰囲気を気に入っているので最後まで読んでいただけていると嬉しいです。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
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梔子。
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