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ちょっと変わった田舎暮らし、はじめます。#9はじまり その2

—フォークを器用に使いながら、お蕎麦を口に運ぶごろうちゃん。それを眺めながらお蕎麦を食べる私。前の職場であった嫌がらせなんて、もうどこにもない。こんな幸せな時間が続けばいいのにな。—


これからは田舎で一人暮らしだって、ずっと思ってたけど、昨晩ごろうちゃんを預かってからその考えはちょっと揺らぎ始めていた。

ペット、とは言えないけど、こうして誰かと生活するのもいいかもしれない。いや、誰かと一緒に生活したい。そう思うようになってきた。
まだ引っ越してきて2日目の昼なのに。


お昼ご飯のお蕎麦を二人で食べ終わったら、お皿とシェラカップを洗って片付けた。その間ごろうちゃんは、縁側でぽかぽかしていた。

お昼ご飯を食べ終わって、食器の片付けも終わると13時になっていた。
少し食休みするために、ごろうちゃんの横で小説を読もうと座った。

「なによんでるの?」
「え、有名な小説家の本だよ。」
「おもしろい?」
「んー、ちょっと読みづらいところもあるけど、面白いよ。」
「そうなんだ~。」

ごろうちゃんは、私が両手で本を持っているその右腕の方から覗き込むようにしてじっと眺めていた。ちょっと頬に触れたごろうちゃんのふわふわな毛がお日様の匂いになっていた。

ごろうちゃんはなんだか気を許したように、私の膝に頭をのせて横になった。「多分、寝るんだろうな」と思いながら、小説の続きを読み進めた。


風が心地良く縁側の先に見える木々を揺らした時、ちょうど小説でも『風が花の頬をなでた。』と書かれた一文を読んでいたので、大きく息を吸って溜息をついた。都会とはちがって空気がおいしい。

「綺麗だなぁ。」

何でもないこの風景が、何でもないのにとても綺麗に見えるのは、小説のせいか、ごろうちゃんのせいか。私はどっちのせいでもあるって思ってるかな。


しばらく読み進めると、小説の『上』をキリよく読み終えたので、栞を挟んで本を閉じた。後ろに手をついて上を見上げると、瓦屋根と空とが視界を上下を分けて一つの写真みたいだった。

しばらく空を眺めた後、立ち上がって伸びをした。荷物の整理があと少しだけあるので、荷物の整理を始める。

デスクを窓からちょっとだけ離れている場所に移動させる、ちょうどいい場所に壁があるのでデスクをそこにつけた。直接、陽が当たらない場所だけど、窓が近いので外が眺められる。ここは仕事スペースとしてこれから使うことにしているから、パソコンとライトをもうそこに置いておいた。

「あとは、収納かな。」

服や布団を収納するスペースは何とかありそう。
布団をちょっと干しておこうと持ち上げたときだった。


—ピンポーン—


誰かと思って出てみると、中村さんだった。
すごく急いできたんだろうなとわかるような様子だった。

「すみません、急に預かってもらっちゃって。」
「いえいえ、楽しく過ごしてますよ。今も、縁側で日向ぼっこしてますし。」
「そうですか。ごろう、帰りたがってます?」
「いや…なんかもう、慣れた感じで居ます、けど…」
「実は、最近移住関係の仕事以外にも仕事が増えまして、うれしい限りなんですけど、ごろうの面倒が見れるか心配で。」
「なるほど。確かにちょっと寂しそうにしてたような気がします。」
「やっぱり。」

中村さんは、なかなか人に相談したりするのが得意じゃないようだった。

ごろうちゃんと話していて思ったけど、生活する分にはあまり負担もないし、誰かと一緒に暮らすのもいいなって今は思ってる。

じゃあ、答えはもう決まってるよね。

「私が預かっていましょうか?」
「…え?」
目が点になって、絵にかいたような顔をしていた。

「その、短い時間ではあったんですけど、ごろうちゃんと一緒にご飯を食べたり、日向ぼっこしたり、誰かと一緒に暮らすのも楽しいもんだなって思って。もちろん、ごろうちゃんがどうしたいかも聞かないとですけど。」
「優しいんですね。」


中村さんはちょっとの間考えた後、縁側の方へ歩き出した。私も後を追うように縁側へ向かった。


「ごろう、最近一緒に居てあげられなくてごめんね。」
「いそがいいんでしょ?ケンゴいっつもかんがえごとしてる。」
「うん。やりたいことがいっぱいあって、あんまり一緒に居てあげられなくなっちゃって。だから、圭さんと一緒に居てもらってもいい?」

ごろうちゃんが私の方を見上げた。
少し間が相手から開かれた口からは
「いいよ!」と一言。


中村さんは、ごろうちゃんが笑って答えてくれたのを見て安心したようだった。そういうわけで、これからごろうちゃんと一緒にここで暮らすことになった。考えていたことが現実になった。

「中村さん、またごろうちゃんのこと色々教えてください。」
「わかりました。あとで連絡しますね。」

そういって少し急ぎながら去って行った。


「あ、布団。」

日が傾きはじめ、布団を干すには光が足りない。
あきらめて、布団を叩くだけにして部屋の床に敷いた。

布団を叩いたとき、干していた寝袋も一緒に取り込んだ。

ちょっと太陽の匂いがする部屋で、ちょっと変わった田舎暮らしが始まったのだった。


本当の移住生活は今日、この時から始まったような気がした。

最後まで読んでいただいてありがとうございます!
長くなりそうだったので、「はじまり」は2つか3つになりそうです!
これからもお楽しみに!

梔子。


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