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ちょっと変わった田舎暮らし、はじめます。#8はじまり

すっかり暖かくなった陽の光に照らされて、揺れる草木の匂いがする風が吹いた。それは桜のように、あるいはタンポポのように、暖かく少し甘い匂いだった。

目が覚めると、木でできた天井が広がっていた。
窓際の障子を開けたまま寝たから、朝日がまぶしくて起きた。

昨日からこっちに越してきたけど、ほぼ掃除で一日目が終わってしまった。掃除が終わって家から歩いて15分のコンビニにご飯を買いに行った後、あの子を預かった。私の横に敷いた銀マットの上で、ダウンベストとシェルジャケットに包まっている茶色くて小さいふわふわしたそれは、すーすーと寝息を立てながら眠っていた。

普通なら自分の横に”子熊”が居れば仰天モノだろうけど、この子は優しい子熊だから怖くもない。朝日がしっかり入る部屋で体を起こして、寝袋のジッパーを開けた。スリーピングマットを敷いていても、やっぱりお布団にはかなわないかな。なんて考えながら伸びをして立ち上がった。

子熊の「ごろう」を起こさないように、静かに窓を開けたあと、スマホで天気を確認しながら昨日の夕方にコンビニで買った総菜パンの袋を開けた。ごろうちゃんが起きたときに、もしおなかが空いたと言われたら食べるものが他にないので一口分をちぎって置いておくことにした。


「今日も晴れるね。」

いつからか、毎日天気を確認するのが日課になっていた。
特に何も用事がない日でも、天気がいいと気分もよくなる。

晴れている日に用事がないと、ついつい掃除をしたり散歩に出かけてしまう。とはいっても、今までは仕事に追われて散歩なんてする暇がなかったけど、これからは色んな所に出かけられそう。

天気アプリを見終わると、引っ越し業者からメールが届いているのに気づいた。今日の午前10時に伺いますとのことだけど、今は8時。あと2時間は掃除をしたり、寝袋を干したりすることにした。

お風呂のお湯を抜いて、バスタブに洗剤を吹きかけて置いている間に、縁側にジッパーを開けて裏返しにした寝袋をひろげて干した。当然、これだけで2時間もすぎるわけがないので、家中の窓を開けて換気することにした。

寝ていた居間の北側に台所があるので、居間と台所の窓を開ければよく風が通る。二階に上がってすぐにある部屋はもともと屋根裏の物置だったところを、畳を敷いて部屋として使えるようにされていた。

当然、元物置の屋根裏ともあって、立ったまま奥に進むことはできず、かがんでおかないと頭をぶつけてしまう。残念ながらこの部屋に窓はないので換気はできない。

お風呂洗剤を流すために一階に降りて、次いでに浴室の窓を開けて、廊下の突き当りにあるトイレの窓も開けておいた。


「お風呂も洗い終わったし、寝袋も干してるし、窓も開けたし。やることないな。」

まだ仕事も受注していないし、引っ越し業者が来るまではまだまだ時間がある。何をするか迷っていると、銀マットのシャリシャリした音が聞こえてきた。

「ん~、おはよぉ~」
あくびをしながらごろうが起きた。

「おはよ、ごろうちゃん」
なんだか、ずっと一緒に暮らしていたような感覚がする会話だ。

近寄ると、もぞもぞとイモムシみたいに動いていたからシェルジャケットのジッパーを下ろしてあげた。ごろうちゃんはダウンベストを着たまま日の当たる縁側の方へ行って、地べたで丸くなった。

「あれ?また寝るの?」

寝ぼけながら縁側に歩いていくのが可愛くて、ちょっと笑いをこらえながら聞いたけど、返事は「ん~」としか返ってこなかった。ごろうちゃんが丸くなった横で、リュックに居れていた小説を読むことにした。

日の当たる縁側で読書なんて、どこかの小説みたいだ。

小説を読み始めて何十分か時間が経った頃、大きめの車が近くに留まる音がした。インターホンが鳴ったので出ると、引っ越し業者だった。その後は、布団などの寝具類と一人では運べない家電達を運び入れてくれた。

業者さんたちは少人数にも関わらず、30分も立たないうちに運び入れて書類と一緒に引っ越し祝いのお蕎麦を置いて笑顔で去って行った。

家電がそろったので、もう自炊ができる。

「今日のお昼はお蕎麦かな。」

後は晩御飯だけど、家に食材はない。昨日コンビニに行ったとき、野菜が置かれていたことを思い出したので、お昼を食べたら買いに行くことにした。

お蕎麦をゆでようと鍋に水を注いだ後に、つゆがないことに気が付いた。結局、お昼ご飯を食べる前にコンビニに買い出しに行くことにした。


白菜やニンジンと一緒に、醤油やみりん、塩コショウなどの調味料も一緒にかごに入れてレジを済ませ、エコバッグを提げて家に帰ると、ごろうちゃんが窓際で座っていた。

「ただいま。」
「おかえり~。おなかすいた~。」
「お蕎麦食べる?」
「うん!」

お蕎麦を2束ゆでている間に、醤油とみりんとお湯を混ぜて汁を作っていると、ごろうちゃんが昨日、水を飲んだ時に使っていたシェラカップを両手で包むように持ってきた。多分、気に入ったんだと思う。

ごろうちゃんの分の汁は少しお湯を多めにして分けて、ゆであがったお蕎麦をその汁の中に入れた。

二人で手を合わせてから、私はお箸、ごろうちゃんはフォークで引っ越し業者からの引っ越し祝いのお蕎麦を食べた。

誰かが帰りを待ってるって、誰かと一緒にご飯を食べられるっていいな。
そう思った昼の12時3分だった。

—ちょっと変わった田舎暮らし、はじまります。—

最後まで読んでいただいてありがとうございます。
今後の展開もお楽しみに!

梔子。


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