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ボカロ通史(番外編)〜通史を書いた上でのお話

「ボカロ通史」の反応

現在私が全5段に分けて書き記した「ボカロ通史」だが、ありがたいことにボカロの通史をまとめようとする動きに賛同する方も出てきている。
また、7月9日公開の「みのミュージック」チャンネルでの動画にて取り上げていただき、ボカロPを始めとするいくつかの人の反応を得ることができた。賛否両論ある試みではあるが、これからボカロ通史に関する議論や評論が進んでいくことを期待している。

何をもって「ボカロ文化」とするのか

難しいタイトルだが、要はこういうことだ。
「ボカロ文化」と一口に言っても、それは楽曲のみならず、イラスト、イベント、ゲーム、アニメ、小説など、その媒体は多岐にわたる。
そういった中で「音楽としてのボカロ史」においてどこまで言及するべきなのか?という課題に直面した。
このことは「ボカロ通史」を書くにあたってかなり気にした部分だ。
ある方からXで指摘があったが、記事にはProject DIVAの登場、piapro登場以前の草の根活動、CGM神話についての記述はしていない。後者2つに関しては私の知識の及ばない所であったのでリサーチをかける他ないが、この「Project DIVA」はボカロ史の一部として組み込むべきなのだろうか?
Project DIVAの登場で音楽としてのボカロ界にどのような変革がもたらされたのか、私はその関連性を見出すことはできなかった。
同じ音楽ゲームである「プロセカ」は各種楽曲提供やボカコレとの連携、そして古い世代のボカロ曲に注目が集まる動きがあり、音楽的な関連性が強いと感じている。
対してProject DIVAがもたらした変革というのは「ミュージックビデオ」、つまり映像の分野でボカロ界に変革をもたらした存在であると私は認識している。もしかしたらプロセカに通ずる動きがここでもあったのかもしれない。私がボカロ通史においてこれを扱わなかったのは、Project DIVAによって作られたMVは既存の楽曲のために作られたものが大多数であるという認識だったからだ。
メルトショックも、piaproも、マジカルミライも、プロジェクト系メディアミックスも、プロセカも、ボカコレも、全て楽曲そのものやその扱いに大きな変化をもたらした事象だ。しかしProject DIVAはどうだろう。後追いである私からしてみれば、登場以前と以後でボカロ曲そのものの扱われ方に差異はなかったという印象だ。
*Project DIVAに関して、ボカロ通史②にて記述を行いました(2024.07.26追記)。

ボカロファン達で広げるボカロ通史保存の輪

このように、その当時のボカロシーンをリアルタイムで体感した者と後追いの者とでは各事象の認識に大きな隔たりがある。
上記に挙げたProject DIVAの件でも、もっと違った意見があるかもしれない。こういった世代間の齟齬を解消するためにも、その時々のボカロシーンをリアルタイムで体感した者の証言はボカロ通史における議論において重要な材料になる。
ボカロシーンが誕生して17年が経とうとしている。他に比べればまだまだ歴史の浅いジャンルだが、各々の心にしまってある記憶を文字に残してみてはいかがだろうか。
「ボカロ通史」は私一人では到底完成させることのできない一大テーマだ。ボカロファン一体となって歴史保存の輪を広げようではないか。

ボカロヲタクよ、立ち上がれ!

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