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りんちゃんと幻聴さん #05

「幻聴さん幻聴さん!」
りんちゃんは頭の中に向かって叫ぶ。
「ジェノサイドの幻聴さんも、心配屋さんの幻聴さんも、みんな、とにかく、一回黙って。お願いだから」
でも、残念だけど、幻聴さんはりんちゃんが気を緩めた瞬間、ほんのコンマ何秒かで現れてしまう。

たとえば、楽しく映画を見ていて、ちょっとお手洗いに立った時、便座に腰を下ろしたその瞬間。
もしくは、大好きな米津玄師のアルバムを聴いているのに、曲の合間のあの静寂の瞬間に。
或いは、最近りんちゃんがご執心の林遣都のインタビュー動画、その中で遣都くんが返答に詰まる、その刹那に。

りんちゃんの主治医、通称「鼻毛先生」は、りんちゃんに今度こそ強く入院を勧めたんだ。今回ばかりは、反論できなかった。鼻毛先生は信頼しているお医者さんだし、りんちゃんも幻聴さんや不安発作ですっかり参ってしまっていたからね。

これまでにりんちゃんは、二度、入院を経験している。閉鎖と開放に一度ずつ。
閉鎖病棟は、簡単に言えば鍵のかかった施設。患者さんは、お医者さんの許可がないと外に出られない。
開放病棟は、患者さんが自分の意志で外出できる所。

人生三度目、実に十一年ぶりの入院を、りんちゃんは決意した。
自分の両親に、その決意を熱く語ったりもした。
それまで、「もう二度と入院したくない」ってずっと頑張ってきていたんだけどね。

状況が変わったんだよ。

結論から言うと、入院はしないことになった。りんちゃん自身の意志でだ。
鼻毛先生は入院先の病院に紹介状まで書いていてくれたけど、当のりんちゃんといえば、入院を決意してから、幻聴さんにおとなしくなってもらう頓服薬の摂取量は倍になったし、それ以外の時でも、たとえばタバコを自由に吸えないとか、他の患者さんともやりとりとか、昔の入院経験のフラッシュバックとか、とにかくりんちゃんは「石橋を叩いて割って溺れるタイプの人間」だから、もう、疲れちゃったんだ。

あとね、これも幻聴さんに関係することだと思うけど、被害妄想がちょっと強めに出ているかもしれないな。
ありとあらゆる人の言葉を、声音を、呼吸を、りんちゃんは全て自分への悪意として捉えてしまう。自分で「これは妄想だ」って分かってる。それでも止まらないんだ。難儀なものだね。

だけど、それでも、りんちゃんは自分の人生を諦めてない。
しぶとく生き延びようとしている。
りんちゃんに言わせれば、自分の病気に耽溺したり拘泥したり、そういうことには「もう飽きた」っていうことらしい。

だからりんちゃんは今も、自分の大好きなこと、つまり書くこと、正確には小説を書くことに、全力で取り込もうとしている。

悪くないチャレンジだと思うよ。じゃ、また来るね。

励みになります! 否、率直に言うと米になります! 何卒!!