備忘録(読書感想文『ありがとね、ありがとね、ありがとね』①)
《「」表記と歌の体温》
ひまわり著『ありがとね、ありがとね、ありがとね』(市井社)を読み終えた時、
①括弧「」が多い
②歌の体温が他の歌人さんの歌より少し高い
気がしました(以下タイトルを『ありがとね…』と略します)。
本をお読みになったことのない人の為に、例として三首挙げます。
「例えば先生が
俺の姉ちゃんとするやん!」
フィフティーンが
アラフィフの私に言う
おおー、くすぐったい!(2 おおー、くすぐったい!)
「オマエが悪いんや!」
観音様のような次男が
たった一度
長男に撲りかかった
私を守るために(1 反抗期)
私が𠮟る
三年生が反抗する
「二人ともけんか止めなさい!」
仲裁に入る
いちねんせい(2 おおー、くすぐったい!)
でも、実際どうなんだろう?
本当に「」は多いのかな?
いい歌の、いい言葉のインパクトが強すぎて、
本当は少ないのに、そんなイメージが付いてるだけなんじゃないのかな?
なんで歌の体温が高いと感じるのかな?
他の歌人さんと何が違うのかな?
調べてみよう。「」の質と量を。
という訳で、歌評に入る前に、いろいろ下調べをすることにしました。
ここでは、「」が出てくる頻度を【「」量】と呼び、「」内の言葉そのものを【「」質】と呼んで、手元にある他の歌集を何冊かピックアップし、比較することで、この歌集の①②の印象が、客観的にも証明できるか、やってみようと思います。
《【「」量】を調べる》
1.比較する歌集
私の手元にある歌集の中で『ありがとね…』も含めた比較する8冊を選びました。
(関西)『ありがとね…』ひまわり著
『ウフフ』須賀知子著
『ざわめく桜』阿島智香子著
『蘭の蕾』&『透明な花』稲田準子著
(関東)『しかくいボール』水源純著
『小鳥の道案内』三友伸子著
『母が降る』三好叙子著
『嫁』本木光子著
※稲田を除いて全て市井社
関西or関東で4冊ずつというのは、【「」質】を考える時、方言も大事な要素になる気がしたから(知らんけど!)。
ですが、関西の人の歌集を私はあんまり持っていないし(出版する人少ないのかな?)、
阿島さんは歌の方向性(※官能歌が素晴らしい歌人さんです)が違うし、どうしようかと思いましたが、真逆の歌人さんと比べるのもいいかな?と思い直してピックアップしました。
そして、最後に悩んだのは、私、稲田の歌集です……って、歌集出してないやん(笑)
苦し紛れですが、過去に手作りで作った自家版2冊で対応することにします(それでも首数が少ない)
他にもこれら8冊を選んだ理由はありますが、ここでは割愛します。
2.「」をカウントする
下記のような表を作りました。
えぇ。私のPCの知識では、このやり方がベストなんです…。
見にくくてすいません……。
「話し言葉」の細かい分類は【「」質】の時に説明します。
今は「話し言葉」と「話し言葉以外」の二つの分類だけ使います。
ひまわり氏の歌のインパクトが残っているせいか、歌の中の「」って、話し言葉以外にも使うんですよね。忘れてました。
カウントする時に「あらま!」と気付きました。
自分の作品見ても使ってたのに。あははは。
話し言葉以外の「」の使い方が、それぞれの歌人さんで微妙に皆さん違ってて、面白かったです(深くは掘り下げませんけど)。
ここではあくまで総首数。
ビジュアル(表記)重視なので話し言葉以外の「」もカウントしました。
『』もカウントしました。♪も最初と最後につけてたらカウントしました(※歌人さんによってはアタマに♪のみの方もいました。それはカウントしませんでした)。
で、別表で多いもん順に並べ替えました。
やはり、息子さん2人と学習教室の幅広い年齢層の子どもさん達と接している時の歌を記している『ありがとね…』(28.2%)と、話し始めの息子さんの言葉を拾っている歌が多めの『しかくいボール』(28.0%)は、3割弱ありますね。
3番目『小鳥の道案内』(17.2%)4番目『ウフフ』(16.6%)とは10%近く割合に差があります。
1・2番目同士の差(0.2%)と3・4番目同士の差(0.6%)は誤差の範囲でしょうけど、2番目と3番目の10%の差は有意性があると言っていいと思います(統計学が詳しい人は突っ込まないように!)。
野球も3割打つと上々なんでしょ?
【「」量】も歌集の3割近くあると、読み手もその頻度を意識するようになると言えるのではないでしょうか。
それにしても、『ざわめく桜』。
気持ちいいほどに【「」量】ゼロです。
稲田と同じく「母」ではないから少ないだろうとは思ってたけど。
ゼロとは。
官能に、話し言葉は不粋……って、ことでしょうか。
天を見上げます。
《【「」量】の結果から言えること》
「」は記号です。言葉ではありません。
言葉を補佐するものです。
1.話し言葉
『この言葉は、話し言葉です。書き言葉ではありません』ということを読み手に伝えるための。
道を譲ったら
「ありがとうございます」と
自転車の少年
去ってゆく背筋に
家族の笑顔が見える(6 こんにちは おほしさま)
「シーッ!
お口チャック」
幼児が
吠えたてる犬を
なだめている(6 こんにちは おほしさま)
ただし、話し言葉だからといって、現実に声を出したとは限らない「」言葉というのもあります。
公園のベンチに
ぽつんと一人
息子に似た人
「最近、人と話してる」
って聞いてみたくなる(『ウフフ』須賀知子)
ここの例として、須賀氏の歌を取り上げたのは、『ありがとね…』の中に胸の内のつぶやきとして「」を使ったのが一首もなかったからです。
「あの日の約束
守ってくれへんかったやん!」て
もう言われへん
あんた
もう この世におれへんのやなぁ(8 お父ちゃん)
これは、物理的に言えないことを示した歌。言い方が失礼だが、物理的に問題がなければ声に出して言える「」として解釈できる(知らんけど)。
「寂しい」を
声にしたら
飼い始めたばかりの
鬼までが
心の隅でしゃくり始めた(11 花粉を浴びて帰ろう)
やはり、声に出しています。秘めてない。
確かに「寂しい」は誰の耳にも届いてないでしょう。
だが、本人の耳には届きます。
感情を一旦外に出して、うちに戻す、その循環。
言葉の輪郭を持つ感情は人には見せない。でも、内にも秘めない。
ひまわり氏のポリシーのようなものに触れた気がしました。
空気に飛び交う言葉をキャッチして歌に込めているから、ひまわり氏の「」のある歌は、他の歌人さんより歌の体温が高いのかもしれません。
2. 特別性
「」は他にも書き言葉に特別さを与える役割があります。
強調、慣用句、固有名詞、どこかに書いてあった文字……などなど。
『ありがとね…』の話し言葉以外の【「」量】は、7.7%ありました。これは須賀氏の『ウフフ』(8.3%)に次いで多かったです
(誤差の範囲、つまりたまたま『ウフフ』のほうが一首多かったというだけで、その差に大きな意味はないと思われます)。
でも、面白いなと思ったのは、他の歌集にはあった固有名詞(雑誌の名前だったり、曲名だったり。『』表記にされてる方もいらっしゃいました)が全くなかったことです。
「行ってらっしゃい」と言ってくれる
おじさんがいなくなって
留守電と同じ声で
「リョウキンヲオシハライクダサイ」と
駅前駐輪場(3 今どきの)
「春が眠っています
ゴミを
捨てないでください」
冬の花壇に
立て札(7 トマトの情熱)
ありとあらゆる身近なものを特別視させる魔法として「」を多用しているように感じられました。
素敵です。
次回は【「」質】をまとめます。
あと、「」のない歌にも何首か触れたいと考えています。
週末アップはちょっと無理かな。
テーブルの上の山積みされた歌集をとりあえず片付けます。
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