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東中野でシュールストレミングを食べた件【うまかった】

シュールストレミングが食べられる!?

きっかけは一つのツイートだった。

シュールストレミング、それは世界一臭い料理。臭いを数値化した「アラバスター単位」だと納豆は452、焼きたてのくさやでも1267なのに対し、シュールストレミングは8070である。桁違いだ。
私は常々「できる限り食べたことがないものを食べる」を信条にしている。それは詩人・創作者として食からもインプットを得たいからとか単に三大欲求を最大限に満たしたいからとか色々と理由はあるが、とかく好き嫌いなくなんでも食べる。その私にとって世界一臭い料理はいつか挑みたい存在だった。しかし、シュールストレミングはそう簡単に食べられるものではなく、今日まで見送ってきた。
そのシュールストレミングが、近場の東中野で食べられる。またとない機会との巡り合わせに、私はひそか決心を固めた。よし、絶対に行くぞ。

葉月氏のツイートが私のタイムラインに流れ着いた時点でいいね数は1万を超えていた。ものすごい数の人々がこのイベントに注目している。あまりの人気ぶりに後から整理券配布制になった。前日の午前に150枚 午後に50枚を配布。私は運よく午後の50枚分にありつけた(158番だった)。

そして来る当日、2022年8月21日……

東中野区民活動センター

開始前からかなりの人数が集まっている。メディアの姿も見られる。想像通りの盛況ぶりだ。11時の開始まで、私は展示されているシュールストレミング缶を見たりして過ごした。

ちなみに、このイベントの主催は「東中野5丁目小滝町会」、つまり町内会だ。けっしてYouTuberやバラエティの類ではない。悪ふざけの催しとは一線を画す。今回のイベントの開催趣旨も以下の通りだ。

自然の恵みを活用した北欧食は今、持続可能な地球の実現を目指す国際目標「SDGs」という視点でも注目されています。イベントでは、スウェーデン大使館直伝の調理法でシュールストレミングを食べるだけでなく、欧州の政治や文化に詳しい方を講師に招き、地球を守り、多様性が尊重される社会をどう実現していくかについて、活発な議論を行います。

イベント告知より

トークセッション

11時、イベント開始。まず「語ろう、スウェーデンの食と地球の未来」としてトークセッションが行われた。

前列に来た人はしゃがむ日本人の習性

シュールストレミングはスウェーデンの伝統食

シュールストレミングはスウェーデン北部の伝統食である。バルト海で獲ったニシンを保存するために、少なくとも16世紀から食べられてきた。今では祝祭など特別な日に食べる料理として定着している。ちなみに「シュール」は「酸っぱい」 「ストレミング」は「ニシン」を意味する。

https://www.kaigo-web.info/sp/kouza/hokuou/no2/index.html より

シュールストレミングの仕込みは5月からだ。北欧は冬が長く、5月になってようやく暖かくなってくる。その生命の息吹を感じながら、ニシンを濃い塩水に漬けてつくる。缶に詰めて2ヵ月ほど熟成させたら完成だ。スウェーデンでは毎年8月第3木曜日を解禁日としており、その後すぐに「シュールストレミング祭」をおこなう。ちなみに今年の祭りは8月20日だった。つまり東中野のこのイベントの前日。北欧の祭りの翌日に極東で同じシュールストレミングを食べているわけだ。

シュールストレミングはスウェーデン人の誇り

シュールストレミングは現地人でも好き嫌いが分かれるらしく、今回のイベントに際してスウェーデン人にコメントをもらおうとしたが全員に断られたらしい。「あれがスウェーデンのニシン料理の代表と思われたくない」と言われたとか(くさや=日本食とされるのは支障がある、ってのと近い話かと)。一方でこの伝統食を好んでいるスウェーデン人も多い。そういった人々は、シュールストレミングが激臭の食べ物として嘲笑されている事実に心を痛めている。日本人も納豆が海外でバカにされていたら良い気持ちはしないだろう。スウェーデン人はシュールストレミングに誇りを持っているのだ。

シュールストレミングの危機

そのシュールストレミングだが、現在危機に瀕している。バルト海は近年汚染が進んでおり、そのためこの海で獲れたニシンは海外に輸出できずにいる。日本含め国外で食べられているシュールストレミングで使われているのは、バルト海でなく、大西洋で獲れたものだ。バルト海は大きな湾になっており、海水の入れ替わりが遅く、30年前後かかってしまう。それも汚染に拍車をかける要因になっている。
また、バルト海で獲れるニシンの量も年々減ってしまっている。大きな原因は乱獲。今年の漁獲量は例年の15%しかなかったほどだ。前述の通りシュールストレミングは5月に作っているが、漁獲量の少なさから今年は秋にも製造しようかと検討中らしい。
地球温暖化によりニシンの生息地が北上し、大西洋での漁も難しくなっている。シュールストレミングは今まさに危機に瀕している伝統食なのだ。

シュールストレミングへの認識が変わる

このようなトークセッションを1時間少々拝聴した。非常に面白く、そして考えさせられるものである。ただ試食するのと、バックボーンを把握したうえで食べるのではまったく違うだろう。このイベントに来た人たちのなかでシュールストレミングはもはや「世界一臭い料理」ではなく「スウェーデンの伝統料理で、現在その製造が危ぶまれているもの」という認識に変わっただろう。
ちなみに、トークセッションで使われた資料は以下ドライブで公開されている。必読。

開封の儀

トークセッションが終わり、いよいよシュールストレミング缶開封の時が来た。

「爆発する」は間違い

日本でシュールストレミングを入手するルートは主に3つある。

  1. 正規輸入代理店 三幸貿易の直販サイトで買う

  2. Amazonで買う

  3. スウェーデン大使館内にある自動販売機から買う(一般開放時のみ購入可能)

今回はこのうち1.と2.が用意された。そもそもこのイベント自体が、町内会の人がAmazonでシュールストレミングを買ったから皆で分けようとなったのが発端だとか。
1.と2.は同じ製造年度のものだが、Amazon購入のものだけ缶が膨らんでいた。これは内部で発酵が進んでしまったからだ。シュールストレミングは低い温度下で保存しないといけないのだが、正規ルート以外だとそれが徹底しておらず、発酵が進みすぎてしまうことがある(日本酒にも同じ問題がある)。もちろんそれは本来の姿ではない。正しく管理されたシュールストレミングは過発酵しておらず、缶も膨らんでいない。本来のシュールストレミングを味わいたいのであれば三幸貿易から買うことをおすすめする。
なお、シュールストレミングの缶は過発酵でも爆発しないように作られている。表面が膨らむのも爆発を防ぐためだ。缶切りで開けた際に少し汁が飛ぶことはあるかもしれないが、フィクションのような大爆発は起こさない。ネタ化されての誇張・事実誤認なのである。
なお、缶が腐食して穴が空くことはあるらしい。そのときは倉庫一帯が激臭に包まれる。

それぞれを開封

まず三幸貿易のシュールストレミング缶を開封した。缶と私の距離は3~4mほどしか離れていなかったものの、臭いはほぼなかった。ときどき風に乗って鼻腔を突くことはあったものの、「ちょっと生臭いな」程度であり、そんな顔をしかめるようなものではない。
「仙台のメロンブックスみたいだな」と私は思った。仙台のメロンブックス(旧アニメイト)は魚屋の上にあるため「生臭い」とネタにされているが、実際のところはちょっと臭うこともある程度。しかし「オタクショップが生臭い」としたほうがネタになるため、時として誇張して語られる。面白さを優先するあまり事実をゆがめてしまっているのだ。シュールストレミングへのその扱いがスウェーデンの人々を悲しませているという事実は知っておかなければならない。

続いてAmazon購入の缶を開封。こちらは汁が飛ぶ可能性があるため袋の中で開けられた。しかしトラブルなく開封完了。中身は発酵しすぎており、ニシンは形を残していなかった。臭いはたしかに三幸貿易の品より強い。もちろんこれは本来の姿ではない。常温保存して腐った豚肉を嗅いで「豚はやっぱ臭いんだな」と言ってしまうようなもの。ただし悲しいかな、三幸貿易よりAmazonのほうが2,000円ほど安く、YouTuberなどももっぱら後者で購入してしまう。そして届くのは発酵しすぎたもの。これをシュールストレミングだと信じ、「シュールストレミングは激臭」という誤認をしてしまうのだ。

発酵しすぎて液体化している

そして試食

いよいよあのシュールストレミングを食べるときが来た。シュールストレミングの処理は地元の鮮魚店「魚繁」が行ってくれた。まず不可食部の皮を剥ぎ、残った身を切っていく。薄いパンの上に蒸したジャガイモ・刻んだ玉ねぎ・サワークリーム・トマトを乗せ、最後に切り分けたシュールストレミングを添える。現地流の食べ方らしい。

町内会の方々が次々と準備してくれる

いよいよ自分の番が……

私の整理券は遅めの整理番号だったので、順番が回ってくるまでしばらく待つことになった。先に受け取った人が周囲に増えはじめ、さすがに臭いも漂ってきた。とはいえそんな騒ぐほどのものではなく、ほんとうに「魚屋の臭い」レベル。
そして158番が訪れ、私はシュールストレミングを受け取った。そのころにはもう鼻もマヒしていたのか、紙皿の上のそれはとくに臭わなかった。
まずは、シュールストレミングのみを、少しだけ、パクリ……

美味いじゃん!!!!

嗅いで臭くなくてもさすがに口の中へ入れたら生臭さを感じるだろう、と思っていたが、そんなことさえもまったくなかった。味は普通にニシンの塩漬け。ニシンぽさもしっかり残っている。まったく同じ味は思いつかないものの近い食品なら日本食にもありそうだ。つまり酒盗とか塩辛とかの系統。これは確実に日本酒に合う。とくに米の味がしっかりしているタイプが良い。青森の田酒とか島根の王禄とか。ちなみに、町内会の催しということもあり酒類の持ち込みは禁止だった。
私の好みとしてはもっとしょっぱく・臭くてもよかったほどだ。これでは肩透かしである。なんのネタ要素もない。普通に美味しい普通の食品だ。否、そもそもシュールストレミングは奇をてらって作られたものではない。美味しいものとしてただ食べる、それが食品に対しての正しい接し方だろう。

残りは一口で食べてしまった。少しでも多くの人に分けるためにしょうがないことではあるが、もっと大きくシュールストレミングを切り分けてほしかった(完全にわがまま)。てかマジで居酒屋とかで出してほしい。常食したい。
周りを見渡したが、ほかの人もかねがね私と同じ反応のようだった。おそらくネタとして臭いにえずいてみせた人はいたものの、本気で嫌がっている人はおらず、まして吐く人は誰一人としていなかった。スウェーデンとその文化に敬意を示すためにこのイベントではゴミ箱が設置されていなかった(紙皿も自分で持ち帰る)のだが、まったくの杞憂だったようだ。

おかわりタイム到来!

主催の方々は「整理券を受け取ったものの現地で臭いを嗅いでやはり食べられないと感じた人はほかの人に譲ってほしい」とアナウンスしていたが、見る限り誰かに渡している人はいなかった。それどころか皆物足りなそうだ。私もその一人である。
飢えた人々がテント周りでうろうろしていたところ、余剰分がいくつか出たとのアナウンスが流れた。歓喜の瞬間である。シュールストレミングの美味しさに気づいてしまった人たちが次々と並んでいく。結局私は2回おかわりした(もちろん1回も食べていない人を優先して、そのうえで残ったものをもらった)。それでも正直なところ足りなかった。もっと食わせてくれ←自分で買え。

おかわりの列
おかわり分

シュールストレミングを食べてみて

試食後の感想会でも誰もが「美味しかった」「思ったより臭くなかった」「お酒が欲しくなった」と語っていた。私も同意見である。
適切に管理・調理されたシュールストレミングはとても美味しい。少なくともゲテモノではない。よほど相性が悪くない限り問題なく食べられるはずである。もちろん、私が観測できていないだけで口に合わなかった人もいるだろう。でもそれは他の料理だって同じことだ。100人200人いればその中でトマトが苦手な人は何人か出てくる。シュールストレミングに関してもそれは変わらない。
今回のイベントは最初のトークセッション付きなのがとても良かった。シュールストレミングが伝統食であること、ネタにされることを嫌がっているスウェーデン人がいること、近年の漁獲量減少で製造が危ぶまれていること……それらを知ったうえで食べるシュールストレミングはとても美味しく、そして考えさせられる。少なくとも私が今後シュールストレミングをネタ的に扱うことはないだろう。もしまた食す機会に恵まれたら心から喜び、美味しくいただくはずだ。消費量全国一位の福島で生まれ育った私が、納豆を普通に愛し、普通に食すのと同じように。

シュールストレミングを食べた後

イベントは13時半ごろに終わった。
その2時間後に、私は人と会う約束をしていた。不安なのは臭いである。私が食べる分には問題ないが、周囲の人にとって不快ではないか。タンパク質が臭いを中和してくれると聞き、私は牛乳を飲んでから待ち合わせ場所に向かった。
その人とは駅で合流でき、相手の人に口と服を嗅いでもらったが、まったく臭くないとのこと。途中で取り換えたマスクも嗅いでもらったが、それも問題なかった。シュールストレミングは食後も問題ない料理である。

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