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ギソボノート2 「両家顔合わせ」

結婚が決まると両家の顔合わせというのがある。
顔合わせいつやろうか〜なんて悠長にゼクシィを眺めながら日取りに悩むことは私にはなかった。

私と彼は関東に住んでいた。
私は実家暮らし、彼は一人暮らしをしており実家は九州にある。
結婚式は関東で挙げることとなったのだが
両家とも多忙につき、どちらかに出向いて事前の顔合わせをするということができなかった。

ではどうしたかというと
結婚式当日を真ん中に挟み、二泊三日で彼の実家の方がみえたとき
初めて我が家で顔合わせをすることになった。
結婚式を翌日に控えたその日に私の親は初めて娘の結婚相手の親に会ったのだ。

詳細は「ギソボノート1」にあるため割愛するが
彼の実家からは義母と義祖母の二人が来た。

母は娘のためにと結婚式前日で気忙しいさなか
家をせっせと片付け、自慢の手料理を色々と用意してくれていた。

そして当日、彼が二人を連れて我が家に到着するやいなや
汚いところですが〜
狭いところですが〜
たいしたものはご用意できませんが〜
と全日本謙遜スピーチ大会優勝の実力を遺憾無く発揮した。(そんな大会ない)

父は父でR-1グランプリシニア部門優勝(そんな部門ない)の実力と飲み屋で鳴らしたトークを発揮し、義祖母たちをおおいに笑わせすぐに緊張感の漂う空気を和ませてくれた。

なんかいい雰囲気だ。
「ありがとう、お父さんお母さん。
結婚して家を出るのはとてもさみしいけど私はこの家に生まれて本当によかったよ。
生まれ変わっても絶対また同じ両親の元に生まれてきたい!」
そう思った。

なんだか山口百恵の秋桜が聞こえてきそうな切ない雰囲気ではあるが
よく考えたら母は「生まれ変わったら別の人と結婚したい」と言っていたので無理な話だった。
現実とはいつも残酷なものだ。

控えめな母に楽しく賑やかな父、理想的(?)な家族の象徴を義実家に見事にアピールする我が家。
オナラが死ぬほど臭い母と酔っ払いのお調子者の父であることは完璧に隠せていた。
さすが我が両親だ!

そしてお酒も少し入りワイワイと盛り上がっていると義祖母が楽しそうに話しはじめた。

「最初はいきなり結婚するなんて言ってくるからびっくりしましたよ。
親になんの相談もせずに勝手に全部決めてきちゃうからこの子は。
でもいいお嬢さんとご縁があって良かったです。」

良かった。
良かった……んだよここまでは。

義祖母は続けた。

「小学校のときもね、ペットショップで自分が気に入った犬を勝手に契約してきちゃってね、仕方ないからお金払って飼うことになったんですよ〜。
もう今は老犬で介護してあげないといけないんだけど結婚式こっちでするっていうからしょうがなく見てくれる人に頼んできたんです〜。」

「そうそう!」と楽しそうに笑う義母と
「あはははそら困りますねぇ!」と豪快な父の笑い声の裏で
ピキッと何かに亀裂が入る音が聞こえたような気がした。

母!が!
怒っている!
娘と犬を一緒にするなと怒っている!!!

「思い出話のチョイス!」と思ったが私は不思議と怒りはなく
彼からの事前情報で
「あの人たちはなんも考えてないから、悪気はないんだよねいつも」
と聞かされていたのはこういうことだったんだなと納得がいった。

「あの人」という表現にも当時はびっくりしたが
彼の諦めに似た複雑な気持ちもわかるような気がした。

家族としての愛情もあるし、感謝もしているが、
上京して広い世間を見たときに自分のいた環境と少し感覚のズレを感じることがあったと話していた。
そうしているうちに自分の家族を客観視できるようになり
いつしか「あの人たち」というどこか俯瞰で見ているような表現になってしまったのかなと私なりに解釈した。

だって本当になにも悪びれる様子もなく、嫌味でもなく、
ただ「この話おもしろいんだよー!」と話す子供のように実に無邪気に話すのだ。
こんな話したら相手の気を悪くするんじゃないかという配慮に思考が辿り着くことはない。

全日本謙遜スピーチ大会優勝者は怒りを顔に出すこともなく
二人が帰るときも「何もおかまいもできませんで〜」と謙遜スピーチ界の基礎的な定型文で締めくくった。

また明日式で。
と笑顔で解散した両家だったが帰るなり母は噴火した。

「なんなのあの話は!
うちの娘と犬を一緒にするな!
ほんっと失礼しちゃう!!
代々地元で家業がどーのとかいってたけどさぁ!
所詮ど田舎でしょうが!
うちの娘はねぇ!
ひとからバカにされるようなできの悪い子じゃないわよ!」

しばらく続いた。

相手は私をバカにす意図などなかったようだ。
口調や雰囲気でなんとなくわかるものだ。
しかし私のために顔を真っ赤にして怒ってくれる母がとても愛おしく思えた。
と、同時に、こういうの、悪気なく言い放ってしまえる方は楽だけど真に受けてしまう方はなんだか損だなぁと人と人とのコミュニケーションは実に難解だと結婚式前日に考えさせられたのであった。

翌日、私をバカにする意図はなかったと証明するかのように
式で私の花嫁姿を見た義祖母は目を潤ませ
「本当にキレイよ!良かったね!」
と涙声で言ってくれたのだった。

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